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鎖と腕
小菅圭介
須藤美郷
美郷M
主従関係についての考察。私と小菅さんが、主従関係を結ぶに至ったきっかけは、仕事帰り、2人で飲みに行ったことに起因する。
居酒屋の喧騒がきこえる。奥座敷に小菅と須藤の他にも客の姿は見えるが、それぞれ会話に花を咲かせているんので気づかない。
圭介
須藤さん、ちょっと飲み過ぎじゃ、、?
美郷M
わたしの目の前には、空のビールジョッキが三つに、手を付けたばかりのいも焼酎のお湯割が握られている。
美郷
ふぇ?そんなこと、、、ないですよー!ほら、小菅さんこそ、もっとのみまひょ?全然、進んでないじゃないですかぁ
圭介
いやぁ、、酔っ払ってる子目の前に、自分までは、、流石に、、。
美郷
えー!小菅さん、絶対強いのに〜、えへへ、くすくす
美郷M
小菅さんの声が気持ち良くて、半ば呆れ気味に言われているにもかかわらず、顔と声がにやけてしまう。理性とか、羞恥心とか、そういう社会人としての常識を取っ払った本能的なところで、私は心底安心していたのだと思う。懐かしい暖かさだ。
圭介
取引先と飲むときは、一切酔った素振りみせないのに、、。今日は、どうして、そうなんだろうね?
美郷
えー、だって、ご主人様の近くは、すごく安心しちゃって?ふふ、んーーー!〔伸びをする〕
圭介
ご主人、、さ?え?
美郷
ふふ、、気持ちいい、、んー、、。〔テーブルに突っ伏しかけながら半ば寝そうなのか、喘いでいるのか判別が難しい声を出す〕
んぁ、、んー、、、ふぅ、、ん、、、。
圭介
いや、、、え、、っと、、。あー、寝ちゃうか、もしかして、、。須藤さん?起きてる?ねぇ?須藤さん?
美郷
んー、、〔寝る〕
圭介
だよねー、、、。んー。。家どこかまで聞いて置くべきだったかなぁ、、、。
美郷
、、、ん、ご主人様だけ、、しか、、いないんですぅ、、(寂しそうにいう)
圭介
(おもわず頭を撫でる)、、そう、なんだね。。
美郷M
遠くから、小さくJAZZなのか、シャンソンなのか、そう言った類の音楽が聞こえる。聞こえ心地のいい音に、もっと眠りたくなって、、、
美郷
え!?私、寝てた?、、え?、、あ、っ、、体おも、、。
美郷M
見覚えのない黒が基調のお洒落な部屋。デザイナーマンションとは、こういうことを言うのかと思ってると、部屋のドアが開いて見慣れた顔が現れた。
圭介
あ、起きた?ごめん、居酒屋で寝ちゃったからさ、、お持ち帰り?してしまった。
美郷
こ、こ、え?小菅さ、、ん?
圭介
流石に1軒目で、寝るとは思ってなかったから、悪気は全然なかったんだけどさ。。あ、はい、ミルクティー。。酔い覚ましにどうぞ?
美郷M
隣に座ってマグカップを渡される。小菅さんの方にはコーヒーが注がれていた。ゆっくり起き上がりミルクティーを受け取った。
圭介
なんかさ、こんなこと聞いていいのかわからないけど、、
美郷M
ここから家までタクシーでいくらだろう?とか、菓子折り渡した方がよいのだろうか?なんてことを考えていたら、小菅さんが先に聞いてきた。
美郷
どうしました?
圭介
、、、んー。(非常に喋りづらそう)履歴書にそういうことは書かないし、センシティブな内容だから、ね?デリカシーとかあるでしょう?
美郷
え?経歴嘘は書いてない、はずです。
圭介
あ、いや、そりゃそれを信じてないわけではないから、、、んー、、須藤さんって、、、離婚歴あるの?かなー?って、、いや、婚姻歴ない僕がいうのもあれだけど、、も?
美郷
へ?いや、真っ白なはずですけど、、っていうか、それは初日にお話をさせていただいててるはず、、。
圭介
あ、そうだよねー。だよねー。
美郷M
質問の真意が全くわからず、考え込んでいる小菅さんを見つめていた。
圭介
あのさ、じゃぁさ、メイド喫茶的なところで働いてたりした?
美郷
ほ?え?
圭介
ご主人様、、って、寝ぼけながらいってたので、、、。
美郷M
時間が止まる。。心臓も一緒に止まる、、錯覚がした。
美郷
気、、気のせい?
圭介
2回も?
美郷
あ、、う、、。。
圭介
〔美郷から目線をそらして〕えらい、切なそうに、その人しかいないって、言ってたから、さ?
美郷M
居酒屋での言動が一気にフラッシュバックする。恥ずかしさで、思わずベットから抜け出そうとするが、体の重さに頭がクラクラする。
圭介
逃げようとしなくても、襲う元気なんかないよ。ただ、もし勘違いでなければ、私の話を聞いてもらえるかな?
美郷M
こちらを見る目を逸らすことなんて、とっくにできなくなっていた。声に逆らうことも。
小菅さんは、自分にも過去に主従を組んでいた相手がいたことを話してくれた。穏やかで幸せな時間だったと小菅さんは語った。でも、すれ違いが、すれ違いを呼び、彼女は別の人の妻になって、今は遠く離れたところに行ってしまったらしい。
年に一度、年賀葉書が届く、それだけの関係だよ。彼女ももう2人の子供の母親だしね。と寂しそうにわらった。
美郷
わ、わたし、あの、、。
圭介
だから、私と主従を組まないか?なんてこと言わないから、安心して眠って、私は隣の部屋で、、、
美郷
あの、、、。
圭介
どうかした?
美郷M
無意識に小菅さんのシャツを掴んでいた。いつも落ち着いていて、初めて会った時から変わらない、その暖かさが、私にはとても心地よかった。単なる部下の私に、大事な、大切な時間を話して下さったことに喜び以上に愛しさを感じてしまったのだ。
美郷
あの、私も話します、、ので、、。
圭介
うん。わかったよ。
美郷M
そばに座り直し、私の隣でコーヒーを飲みながら、辿々しく、涙声になる私の話を聞いてくれた。嫉妬にまみれた過去。身動きが取れなくて、いろんなものを背負い込んで、彼の負担にならないことだけ考えているうちに、私よりもかわいい猫を何匹も飼っていて、いつのまにか、可愛くないお局に成り下がっていた。口にも態度にも出さないけど、いらない子認定されてるのがヒシヒシと伝わってきた。
美郷
だから、全部離れたんです。仕事も、家も、物理的に彼から離れた。全部決めてから報告したら、怒るでも何でもなく、そっか、としか言われなくて。。一ヶ月くらい休養して、就活して、今に至るわけです。
圭介
概ね、四ヶ月ほど前のことなのかな。
美郷
はい。でも、最後なんか、一緒にいる方がつらくて。だから、いまは、今の方が楽なんですよ?
圭介
そっか、、。
美郷M
いつのまにか、夜が明けていた。帰りますね?仕事もあるし、と言おうとして、立ちあがろうとしたら手を掴まれた。
圭介
帰ろうと、してる?
美郷
え?
圭介
いや、そんな顔で?帰るの?
美郷M
頬が涙で濡れてるのがわかった。メイクもぐちゃぐちゃ、髪の毛だってぐちゃぐちゃだった。
小菅さんは、何か閃いた顔で
圭介
須藤さんは、柑橘系の匂いって平気?
美郷
え?はい、、?
美郷M
返事をしたと同時に、じゃぁ、とりあえずベッド寝ててと指示をされ、横になった。最近の空気清浄機ってさ、アロマ機能とかあって面白いよねー、と遠くから話しかけられる。水音がしたり、棚から物を取る音が聞こえてくる。。
圭介
あ、須藤さん。今日、有給にしたから!
美郷
え?
圭介
正採用決まって、今年度中に消費しなきゃ無駄になる記念日休暇付与されてる。今月はちょうど三月だし、使わないともったいない。仕事の進捗も申し分ないし、今日は須藤さんは記念日休暇です。
美郷
え?
圭介
あ、あと私も休み。有給余ってるし、ついでにね。
美郷
え?
圭介
というわけで、私は、買い物に行ってくるから、お風呂が溜まったら、ゆっくり体を温めておいてもらえるかな?
美郷
え?え?
圭介
では、買い物に行ってくるね!
美郷
え?あ、、小菅さ、、、
美郷M
呼ぶか呼ばないかの間に、小菅は玄関を出てしまった。おふろって、、と、そこまで体の重さで気づいていなかったが、自分で脱いだのか、脱がせてもらったのか、いつのまにかブラジャーをしていないことに気がついた。
美郷
え、あ、う、、うそでしょ。。。
美郷M
ベット近くのシングルソファに、丁寧にタオルに包められてブラジャーが置いてあり、恥ずかしさに拍車がかかった。そうこうしている間に、無機質に「お風呂が沸きました。お風呂が沸きました」とアナウンスが部屋に響く。
美郷M
ぬるめのお湯に体を沈めた。少し落ちついて気づいた。部屋もお風呂も柑橘系の香りに包まれていた。頭痛に効く匂いらしいよ。と小菅さんが入社当時教えてくれたことを思い出した。
ドアの開く音に、体が少し緊張する。
圭介
着替え、ダサいかもだけど、買ってきたから、これ、着たら出てきてね?
美郷
え!そんな、申しわけないです!
圭介
仕事、勝手に休ませたのは、私だからさ。湯加減、大丈夫かな?
美郷
はい、何から、何まで、、。ありがとうございます。
圭介
ん、こちらこそ有難う。あ、まだ苦しいようなら、締め付けるものはつけなくていいからね?
美郷
え、あ、うううう!ちゃんとつけますー!
圭介
はいはい。ゆっくりあったまってね。
美郷M
本気か冗談かわからないことを楽しげにいう。その声にドギマギしながらも、安心している自分がいた。小菅さんが準備してくれていたのは、オフショルダーの水色のワンピース。私が好きなデザインだ。
圭介
あ、サイズ、ピッタリだね。
美郷
あの、これ、、。
圭介
すぐ近くに、24時間やってるモールがあるんだよ。まぁ、その中で、まともそうなのを、、。
とりあえず、座ったら?せっかくあったまったのに、冷えるよ?
美郷
あ、はい。えっと。。
圭介
え?
美郷M
小菅さんの隣に腰掛けた。
圭介
、、、。え?
美郷
あの、、、。
美郷M
言うか言わないか、隣に座った瞬間、安心なのか、寂しさなのかわからないが、感情の波に押しつぶされそうになって、また懲りずに涙が出てきた。
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