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正義のヒーロー
細雨がしだいに激しく雨音を立て始める。裏山の山道の木々が揺れ、湿った砂利が次第に泥へと変わるように、私の心も重くなったようだ。
などと、感傷的に唸って吐いた白い息が寒雨が降りしきる暗闇へと霧散する。
数秒、真っ暗闇の空虚を見上げたまま考えるふりをする。ハハ、重いのはスーツが雨水を含んだからだと冷静になって顔を掌で拭う。
項垂れた先に自身の革靴が目に入る。後輩が当てた懐中電灯のおこぼれをもらおうとライトへとつま先を伸ばす。やはり泥が付着していた。今度は踵を覗き込む。乾燥したら厄介だ。せっかく弟が磨いてくれたのに。かわいそうだ。
「どうしました」
途端、地面を照らしていた懐中電灯が顔を照らし、突然のことに目が眩んだ私はとっさに右手で光を遮断し、顔を背けた。
「す、すいません!」
眉を顰めた私に慌てた後輩が平謝りしながらライトを下ろす。
「いや〜、さすがにさぶいっすね」
小走りに私の横に来て傘の中へ誘う。寒さで強張った肩。猫背の彼の横顔を一瞥すると噛み締めた歯がガタガタと震えていた。
そういえば、コイツ。今日が初めてか……。災難だな。
処理で泥まみれの後輩をふわふわした気持ちで眺め、汚い自分の革靴を見下ろせば、この現実がどこか他人事のように思えた。
私が、帰るぞ。と呟くと、後輩は愛想よくハイと答えて私が濡れないよう傘を差したまま後ろをついてくる。
「俺、××さんと組めてまじ感激っす。××さんは俺の憧れでしたから……」
初めて彼と出会った時。弟だと思った。目が霞んだ。さらに肩が重くなった。何やってんだと怒鳴ってやりたくなった。
それは今も変わらない。彼の瞳は出会った当初と同じ、私と違って煌びやかで、私が歩いているこの道が正しいとばかりに信じ、肯定している。
最悪だ。やめてほしい。こんなのただの暴力でしかたないんだから……。こんな奴が増えても何も変わらないのに周りが煽ててしまったばかりに、彼がここにいるのかと思うと心底反吐が出る。
しまいには国も煽ててんだから、もう救いがないのに。何を期待してるんだお前は。
後輩が開けてくれた助手席に腰を下ろす。傘を畳み、運転席に乗り込んだ彼がエンジンをかける。
「暖房、当たってます?」
労うように訪ねてくる彼の声色が、今は会いたくない弟の顔をしていた。
嗚呼、弟よ。お前だけは守りたい。それだけで始めた私の罪を許しておくれ。
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