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「では、門伝さんがなぜ伊崎さんを殺めてしまったのか、経緯を教えて下さい」
大黒橋は、この事件は一筋縄ではいかない気がしてならなかった。四十五年も前に遡った男女のもつれ話が発端になっているのだから、あっさりと送検するのは困難なのではないか。機動捜査隊は犯罪の初動捜査と早期検挙が任務だから、こじれれば所轄の飯田橋署に引き継がなければならない。
「僕の母は学生の頃から伊崎さんと影山さんと仲が良かったようです。みんな還暦を過ぎても、一年に一度の割合で飲み会をしていましたから」
門伝光樹は語りだした。父親の修太は光樹が生まれて間もない頃に交通事故で亡くなり、それ以降は伊崎と影山の助けを借りながら母一人子一人で頑張ってきた。「母が死ぬまで、僕はそう信じて生きてきました。ところが、遺品整理をしていたら、事実とは全く違うことがわかったのです。お袋は親父を殺したらしくて、その動機が書かれたメモがあって、さらに伊崎さんからの手紙も見つけました。もんちゃんが不幸になったのは、全部おれの責任だ。だから一生償う、そんな趣旨の内容でした」
「なるほど。それであなたはどうしましたか?」
大黒橋はテーブルのお茶をひと口飲んだ。これまでのところ、影山梨沙子の話との整合性はぶれていないようだ。
「僕は真実が知りたくて、伊崎さんと影山さんに会うことにしました。母は年賀状や暑中見舞いのやり取りをしていましたから、連絡先はすぐにわかりました」
「それで?」
「昨日のお昼に二人に会って、大昔の話を聞きました。母の青春時代の頃をね。母が小説家になりたかったなんて、全く知らなかったですよ」
三人はコーヒーと軽食のランチをとりながら三時間以上も話しこんだという。そのあと、光樹は伊崎と居酒屋へ飲みにいくことになった。
「何という居酒屋だか、覚えていますか」
大黒橋は質問した。
「夕月です。<夕月を探して酒を酌み 人形の家で眠りにつく> 母の詩の一節です。夕月は学生時代からの飲み屋だそうですね。今は代が変わって、営業していました」
「伊崎さんとはどんな話をされのですか」
「母の若かりし頃の武勇伝ですよ」
光樹は遠くなった母の面影を空想するような顔つきになった。濛々とこもる煙草の煙の中で、十七歳の女子高生が文学新人賞をとったのは凄いけどけしからん!とか、学園祭でしこたま酒を飲み過ぎて立て看板を壊して焚火の材料にしてしまったとか・・・
「焚火?」
大黒橋は眉をひそめた。
光樹は笑った。
「当時は徹夜で学園祭をしたそうです。ただ時期が十一月で、夜になると寒かったらしくて、外にいる連中は火を起こしたそうです」
鉄でできた籠状のゴミ箱を炉代わりにして、材木やベニヤ板、コークスを燃やして暖をとったという。酒の一升瓶がそこら中に転がっており、キャンパス内は無法地帯と化していた。
「今だったら消防法に引っかかりますよ。で、そんな話をして盛り上がったわけですね。それから、どうしました?」
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