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パリトキシンはアオブダイ、ハコフグ類などの魚介類に含まれる猛毒の一種である。横紋筋融解激痛、呼吸困難、歩行困難などの症状を呈し、冠状動脈の急速収斂により死に至る。
「そう、パリトキシン。専門知識がないと扱えないシロモノだぞ。しかも注射器の扱いに長けた人間・・・プロの仕業っぽいな。詳細は後で報告するよ」
「ちょっと待ってくれ。溺死じゃないのか」
「ああ。溺死だとプランクトンや藻が体内に残存しているが、それが認められない。肺水腫も認められない。体表と衣服には藻がたくさん付着していたがね、これは溺死を誘発する量じゃない。ところが血液中からパリトキシンが見つかった。180㎍(マイクログラム)以上が投与されたな。通常は64㎍でヒトの致死量になるが、そいつをはるかに上回ってる。あと、三か所あった刺し傷は致命傷じゃなかった。放っておいても一週間くらいで治る軽傷」
鑑識係はそれだけ言い残すと、自分の部署へ戻った。
大黒橋は死亡検案書に記載された死亡原因を凝視したまま、しばらく動かなかった。アオブダイを食してパリトキシン中毒を起こす事案は年に何件か報告されているが、故意に使用されたという事案は聞いたことがない。
門伝光樹は、かっとして伊崎雅也をお堀池に突き落としたと供述している。本当にそうなのか。
大黒橋は事情聴取室に戻った。
「さっきと同じこと聞くけど、ホントに突き落としただけだった? こいつ死んでもかまわないとか、ぶち殺してやりたいとか考えなかった?」
大黒橋の質問に対して、門伝光樹は虚ろな視線を返し、ぼそりと答えた。
「あの時、僕はかなり酔っていたと思います。ムカついたのは事実ですけど、殺したいなんて気持ちはなかったと思います」
「実はね、司法解剖の結果が出たんだよ。死因はパリトキシンを注入されたことによる急性中毒死。伊崎さんが這い上がってきたところを、注射器でブスリと刺したんじゃないのかい? けどさ、解剖すればがそれぐらいのことがわかってしまうぐらい、予想できなかった?」
「え、注射器? 何ですか、それ」
「門伝さん。あなたのお話に間違いがなければ、伊崎さんは落水しただけで、死んではいません。溺死体特有のプランクトンや水藻が体内から検出されなかったんですよ」
「はあ・・・」
「つまり第三者が関与しているという事です」
「そんな人、知りません」
「影山梨沙子さんはどう?」
影山梨沙子が毒物に精通しているような印象は受けなかったが、今のところ第三者の関与といえば彼女しか思い浮かばなかった。
門伝光樹はハッとしたように顔を上げた。
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