17人が本棚に入れています
本棚に追加
「畠山和仁かな・・・いや、でも、母の学生時代の人だから、今は関係ないですね」
「畠山和仁? ああ、なるほど」
大黒橋は頷いた。 門伝敦子が――門伝光樹の母親――学生時代に風俗で働いていることを秘密にする代わりに、関係を迫った男子学生だ。今回の事件の発端は、その男子学生の存在が大きい。「畠山和仁がどこに住んでいるか、心当たりありますか」
「全然わかりません。なにしろ、不意にその人の名前が出てきたので」
「不意にね・・・」
大黒橋は眉間にしわを寄せ、目を閉じ、門伝光樹の処遇について考えた。
犯行に使用された注射器が発見されたという報告はないし、注射器を使って殺したという自供もしていない。本人は池に落としたイコール殺人と認識しているようだが、内容は大きく乖離している。留置して精査する必要がありそうだ。第三者との関与がなければ、門伝光樹は微罪処分もしくは嫌疑不十分で釈放される可能性もある。逆に関与が疑われれば捜査は厳しいものになるだろう。長引けば所轄署に引き継ぎだ。大黒橋が所属する機動捜査隊は長丁場の刑事部署ではないからだ。専従班を立ち上げることになる。
「お泊りだね」大黒橋は告げた。「あなたを留置します。最長で二十二日間。我々としても犯人を逮捕せにゃならんのでね。第三者を探して話を聞かなならんです。改めて訊ねるけど、殺意は本当になかった? 大事なことだから、よく思い出した方がいいよ」
「ないですよ」
門伝光樹はきっぱりと言い放った。
「殺意は否認する?」
「はい」
「わかりました。じゃあ、留置の手続きをするから」
大黒橋は立件されるまでの流れを手短に説明した。最短で二泊三日、最長三週間ほどの身柄が拘束される。留置とは、被疑者が逃亡や証拠隠滅を図らないための措置で、期間限定で収監できる制度である。容疑が確実になれば検察に送致されて取り調べを受ける。ただし留置所は刑務所ではないので、読書も食事も比較的自由にできるし、差し入れもオーケイだ。「取り調べの時は素直に話した方がいいよ。検察にも印象ってものがあるからね。今、担当者を呼ぶから」
「はあ・・・」
光樹は不安そうに頷いた。
大黒橋は壁のインターホンに歩み寄った。
最初のコメントを投稿しよう!