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身元確認は難航すると思われたが、意外にもあっさり決着した。指紋照合ファイルに登録されていたのである。氏名は伊崎雅也、六十五歳。
神田にある機動捜査隊官舎の部屋で検視報告に目を通していた大黒橋は、予想外の一報に少し驚いた。検視報告書を傍らに押しやり、送付されたFAXの内容をみて、まゆをつりあげた。
詩人に前科があったとはな。
三十歳の時に自動車の保管場所法違反で略式裁判され、罰金四万円を即日納付している。調布西署で調書をとられ、指紋採取され、おそらくこれが記録されたのだ。罰金刑は刑法犯でなくても前科の対象になる。当時の住所は東京府中市で、その後幾度かの転居をかさね、現在の居住地は新潟県津南町だった。津南町といえば、屈指の豪雪地帯である。一晩で一メートルの積雪は珍しくないのだ。
大黒橋は腑に落ちた。彼が季節外れの厚着とごついブーツを履いていたわけが分かったからだ。伊崎雅也の足取りが見えてきた。津南町から上京し、飯田橋にいた。そこで事件に巻き込まれたのだろう。大黒橋はデスクトップパソコンの失踪届アイコンをクリックした。伊崎雅也の名前を打ち込む。新潟津南町警察に家族や知人からの失踪届は提出されていなかった。
一人暮らしなのか、誰も関心がないのか。だとすればなんとも気の毒な話だ。
大黒橋は腰を上げた。
「おい、深谷。お堀へ行くぞ。昼休みはおしまいだ」
深谷はスマホゲームの最中だった。コンビニの弁当が中途半端に残っている。ミネラルウオーターのペットボトルも飲みかけだ。
え。もう?
深谷の顔にはそう書いてある。
「進展があったんだよ。まだ食ってないんだったら、早く食え」
「あ、はい・・・」
深谷はスマホを閉じ、残った昼食を慌てて平らげていく。
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