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「まだ、読んでませーん」  男子学生の一人が間延びした声をあげた。畠山という一年生である。 「どうして、読んでないの?」  梨沙子は問い詰めた。 「徹マンで、寝てねえス」  かすかな秋田訛りで言い訳をする。徹マンとは徹夜麻雀のことだ。するとメンバーたちは口々に感想会の延期を進言した。その理由は様々だ。  昼飯をまだ食ってない。授業がある。観たい映画がある。原稿書きがある。感想会は部室(ボックス)ではなく、喫茶店(サテン)でやりたい。式を挙げるもんちゃんの話が聞きたい(これは女子部員の要望)  梨沙子は笑い出した。いつもこうだ。彼等はここを自由奔放なサロンと勘違いしている。 「わかった、わかった。じゃあ、今日は解散。また別の日の延期しましょ。実はさ、あたしもまだ読んでないんだよね」梨沙子は肩掛け鞄から高橋和巳の文庫本を取り出して机に置いた。「アミティエに行くけど、誰か一緒に行く人いる?」  アミティエは飯田橋駅の近所にある喫茶店で、少人数の会合をするにはうってつけの場所だ。アミティエとはフランス語で共感、そんな意味が込められている。 「私はカマルグのサバラン食べたい」  もんちゃんが挙手した。カマルグは南仏の町の名から由来していて、ケーキと紅茶が評判の店である。当時、飯田橋界隈にはたくさんの喫茶店があって、彼等に限らず、多くの学生たちはその日の気分や目的に応じて使い分けているのだった。  
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