向日葵の海

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「……き、がついたら……ひまわりの中に、いて……」  喋るつもりはなかった。なかったのに、自分の考えとは裏腹に口が開いたことに驚いたが、思考が追いつかない。  目の前の男はにこりと微笑むとどこか満足げな様子で頷いてみせる。 「そうなんやねぇ」 「歩いてたら……ようかい、が……おいかけられたから」    段々と意識が遠のくような、まだそこにあるような不思議な感覚に足元が覚束なくなる。フラついていれば横から誰かに支えられたような感じがするが、それが誰かわからない。   「追いかけられたん? それは怖かったやろ? でももう大丈夫やで。俺が、ちゃぁんとおうちに案内したるから」    靄が掛かる思考で、何も考えられない。動きたいのに身体がいうことを聞かない。  まるで幼児に言い聞かせるような柔らかいもの言いが耳に届くが言葉の理解が追いつかず、身体から力が抜けた。だが身体が倒れることはなく誰かに支えられている。   「ほら、安心して今はお眠り。起きたらえぇとこにおるから」    それ誘拐犯の常套句では、となんとなく思ってしまった。だがそれ以上に目の前の男が確実にヤバめな男であるのは最初に理解していたのに、何故こうなるか。分かってはいたのだが、漣は眠気に誘われるように瞼が重くなる。   「その子連れてったって。夜も遅いし、今日は布団で寝かしたろうか」 「畏まりました」    浮遊感に包まれる。もう身体は動かない。  意識が沈みゆく中に、耳元に聞こえたのは風の音でも、葉の掠れる音でも、蝉の合唱でもなく。絶え間なく聞こえるどことなく心地の良い心音だった。
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