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#1👼
つまり火星人が地球に初めて降り立った日なのです。ぱちぱちぱち。
「電波?」
「いえ、啓示です」
「電波じゃん……」
真昼間のとある公園である。コンクリートでできたパンダの遊具の上に立ちあがり、謎の演説をしているのは幼児ではない。柄物の派手な服にピンクの髪、という奇抜なファッションの男だ。きっともう成人している学生だろう。
そんな怪しい男の話を少し離れたベンチに座って聞いていた俺は、目を落としていた書類から顔を上げた。辺りには誰もいない。俺とこの謎の男のみである。
となると、やはりこの男は俺に向かって話していたのだろう。
「宗教活動? 熱心だね。俺は今幸せなんで、間に合ってるよ」
「おにいさん、お仕事熱心! えらいね」
「もっと褒めろ」
「えらい! すごい! 天才! ぎゃはは!」
パンダの上で大袈裟に拍手すると、ピンク髪の男は俺のほうを向いて色褪せたパンダに跨った。
「で、仕事は?」
「……う、うるさいな。次の営業先まで時間調整してるだけだよ」
「ふぅん。で」
あなたは神を信じますか?
「……」
ぱち、と目が合う。男はピンク色の髪に金色の目をしていた。すいぶんと綺麗な顔立ちをしている。
ビッグバンから始まり、火星の生命誕生から滅亡、宇宙の旅路を経た地球というオアシスの探索、地球人の中に存在する選ばれし火星の血を引いた者、故郷であり聖なる星である火星へ我々は帰らねばならない。
ついさっき熱く語っていたその内容はなんとも頓珍漢なものだ。まったくどこに神話性を感じればよいのかわからない。一体のこの話のどこに俺が救われる要素があるのだろう。
そんな話を信じているのか、心の支えとなっているのか、はたまたふざけているだけなのか。目の前の男がどういうつもりなのかはまったくもって、わからない。
薄い雲に覆われていた太陽が顔を出したようだ。空は未だに薄曇りだが、白に近い灰色の下、男の頭上に光芒が差し込んだ。
男がにこりと笑う。
「こんにちは。ボクが神です」
ピリリリリ、と着信音が響いた。立ち上がって電話を取る。
「はい……はい、ええ……かしこまりました。それでは30分後に向かわせていただきますので……はい」
あぁ、仕事だ。内心舌打ちをしながらベンチの背もたれにかけていたジャケットを羽織る。バッグを持ってさぁ、と振り返れば、ピンク髪の自称神は忽然と姿を消していた。
「?……なんだったんだアイツ」
よぼよぼと覚束ない足取りで犬の散歩をしていた爺さんが公園へ入ってくる。幼稚園のお迎えの時間らしい。どこからか園児の声が聞こえてきた。石焼き芋の販売者から焼き芋の匂いが漂ってくる。止まっていた時間が流れ始めたようだった。
どうやら神は散歩へ行ったようだ。
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