夜の帳が下りる頃

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 カフェオレはもうすっかり冷めてて朝のニュース番組も終わっていた。  目を背けることなく思い出す過去は怒涛のように襲ってきて、いつもなら疲れて眠くなる時間になっても自分の足跡を振り返り遡る。 「気持ち悪いよな、俺にこんな事されても」  悲痛な声とあの日感じた香りは今もまだ胸を締め付けてくる。  痛みや混乱が涼義兄さんの腕の中にいると無くなるのが分かって、そんな時に言われた言葉に彼を見上げれば苦悶の表情を湛えていた。    嫉妬とか苦しいとか色んな感情は確かにあったのだけど、その時に心に広がったのは安堵だった。  この邪な感情が頭から否定されないものだって、義兄さんを好きになったのは間違ってるのに『男』を好きになるのはけしておかしな事じゃないんだって。  でも張り付いた喉は言葉を出すことすら出来なくて、必死に首を横に振ると端正な顔はますます悲しそうになる。  切れ長の目も、すっかり大人びた顔も声も、全部が胸を締め付けてきた。 「ごめ……なさい!」  ギュッと抱きついて剥き出しのそこに穿いていた短パンが被される。 「和希は謝ることない。俺が悪いんだから、本当にすまない」  パンパンに膨らんでた風船にもっと空気を吹き込むみたいに、まだ子供だったあの頃の自分も義兄への想いに溢れていた。  軽くシャワーを浴びてから部屋に戻ると涼義兄さんは俺の部屋に入ってきた。  ずっと思い詰めた表情をしてて、俺がベッドに腰を下ろすとツンとする後孔に一瞬顔が歪むのも間近で見てて。 「母さんたちに話す。……それから病院へ行こう?傷付いてると悪い」 「嫌だよ、絶対言わないで!」 「化膿したらどうする?言われるのが嫌なら俺が一緒に病院に行くから」 「病院なんて行かなくても大丈夫……大丈夫だから」  恥ずかしいとかそう思って言った訳じゃない。突然こじ開けられたソコが微かに疼いていて熱を持っている、そんな感じだった。 「涼義兄ちゃんの恋人なの……あの人」 「懐かしいな、涼義兄ちゃんて。アイツからそんな事まで聞いたんだ?」 「うん、千夏さんはカモフラージュだって」 「ペラペラとよく話すよな……」  義兄の横顔は自分の性癖にずっと苦しんでいたようにも見えて、思わず自分も床に座って大きな手を握った。 「母さんは男を好きになるのは、理解出来ないみたいだった。そりゃそうだよ、男なんだからね」 「……千夏さんは?」 「親友。アイツは一番理解してくれる友達」 「なんだ、そうだったんだ」 「なんであんな長谷川みたいな奴を好きになったんだろうな」  その言葉にあんな事があった後なのにホッとして思わず顔が綻ぶ自分がいて、涼義兄さんはそんな俺を見て困った表情をしていた。
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