夜の帳が下りる頃

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 相変わらず嫉妬したり苦しくて泣くことはあっても、義兄が長谷川さんと別れたことを知っていたから何とか気持ちを保っていられる。  後はもう何も耳に入れないようにしてた。  義母に紹介した千夏さんが彼女として家に来ても、俺のことも可愛がってくれて三人で映画を観に行くことも度々あった。  その頃は本当に楽しかった。  義兄弟として仲良くしていたし、夢中だったから尚更だった。  帰宅するとすぐに義兄の部屋に一緒に行って、今日一日の出来事を話したりして。優しい義兄にべったりで。 「和希、ルークは縦と横の方向にしか動けないんだって」 「そうだっけ?」 「そう」  血管が浮き出る骨ばった手が俺のルークを取り、自分のを倒してクスクス笑いながら駒を動かす。 「そんな風に優しくしてたら付け上がるよ」 「俺はそんなに優しくないよ」 「甘いでしょ」 「そうかな?」 「そうだよ」 「和希がそう思ってるだけじゃない」 「いいな〜」 「何が?」 「羨ましいよ、涼義兄ちゃんから好きになってもらえる人は」  チェスをしながらしていた会話は、いつもよりも突っ込んだ話をしてしまう。思考が手元の駒だけを見ていて、流れるような会話だったから。  避けていた話題に少しだけ足を踏み入れてしまえば、もう戻ることは出来ない。 「なんでそう思うんだよ」  チェスボードから視線を上げて義兄を見れば、また探るような瞳とぶつかる。  俺が何を思い、どう感じ、義兄とこうしてチェスをしているのかを探ろうとしてるのが分かる。  義兄として見ていない自分を見つけられそうな気がしたのに、見惚れるほど男らしい顔付きと瞳から目を離せなくなった。  自然と顔が熱くなっていくのが分かって、いつもなら顔を隠して誤魔化していたのに今はそれも出来なくて。  目を合わせたまま切れ長の目を少し細め。 「チェックメイト」  甘いバリトンが俺を追い詰める。  自分のキングはボードの上で倒され、力尽きたように転がり止まる。  この時、初めて負けた。 「忘れたの?」 「…………何を」 「隙は、見せちゃいけないよ。教えたろ?」  とても甘い声だった。チェスの事を言っているのか、それとも俺自身の事を言っているのかは分からなかった。  でもあの時ほど心を鷲掴みにされたことはない。
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