夜の帳が下りる頃

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 音もなく伸ばされた手が自分の頬に触れた時、その生々しい感触と体温に耳まで熱くなった。これが義兄の体温、こんなにも優しく人に触れているのかと全身が心臓になったみたいに激しく脈打っているのも分かる。 「どんな想像してんだよ」 「…どんな…って」 「だって、その顔」  あの時、どんな顔をしていたんだろう?  それを考えると未だに赤面してしまう。きっと義兄がその後、俺を避けて無視を決め込まなきゃいけないくらい、好きって気もちがだだ漏れしているそんな表情だったはずだ。 「可愛い弟だ」  今までの甘い雰囲気を消してにっこり笑う義兄の言葉は、強い拒絶を感じるには十分だった。  血は繋がっていないと言っても弟から想いを寄せられていたら苦しかったに違いない。  特に義兄は、真面目で優しくてお人好しだったから。 「もしも、普通に出会ってたら……」  だけどその拒絶を煙に巻いて、バレてる本音を隠して訊ねたくなる。 「……俺のこと好きになった?」  我慢しても涙は義兄の手を汚し、キングが倒れたチェスボードにもぽたぽた落ちる。 「なったよ」  少し寂しそうに微笑む義兄の言葉にどれだけ救われたか、どれだけ苦しかったか、どれだけ縛り付けられたか。 「和希、お前が弟で良かった」  とどめを刺しに来る義兄はそれだけ言うと立ち上がり、泣いてる俺を部屋に残して家を出て行った。  それから、義兄はあまり家に帰らなくなった。  涼義兄さんは親とは常にコミュニュケーションは取っていたみたいで、帰ってこなくても両親が義兄に対して文句を言うことはまったくなくて。家族の中で俺だけが義兄に避けられているのはわかっていたけど、どう距離を縮めればいいのかさっぱり分からない。  食事をしても一人分だけ空席のそこは俺にとっては堪らなく寂しいものだったけど、それもこれも自分が恋愛感情を持ってしまったのが原因だから文句も言えない。  むしろ、両親に申し訳ない気持ちもあって、義兄が就職先も決まり大学を卒業後すぐに上京するとなった時も、この家からいなくならなければいけないのは自分なんだと毎日思ってた。
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