夜の帳が下りる頃

20/30
前へ
/30ページ
次へ
 チェスをしていると色んな質問をされた。  どんな仕事をしているのかは義母から聞いて知っていたみたいだが、コロナ禍の中でどんな風に働いているとか、客はどんな人が多いのかとか。  当たり障りのない話と言えばそうだけれど、今の俺が答えられるのはその程度の内容ばかりだったから良かったのかもしれない。 「和希、ルークは斜めには動けないんだって」 「そうだっけ……ごめん」 「突然会いに来たかと思ったら、またこうしてルールを説明しないといけないなんてね、変わってないな、和希は」 「ごめん」 「なんで謝るんだよ。あの頃は謝らなかったけど」 「……ごめん」 「どうした?」  ごめんしか言わない俺を心配そうに見詰める涼義兄さんは、あの頃よりもずっと遠くにいるのが分かる。  あの日に呑み込んだ言葉が切れ長の目に見詰められると、今更出そうになった。 「本当は、何しに来たの」  片膝を立てた座り方をしていた義兄は、膝に頬杖をついて見上げてくる。  あの時と同じように心の中を探る瞳に視線を逸らすことも出来なくて、でもこれを言ったって何になるんだって葛藤して。 「和希、俺を殴りにでも来た?」 「違う」 「結婚相手が女だって知って真実でも確かめに来た?」 「……違う、」 「由紀子のことは好きだよ。初めて女を好きになった」 「聞きたくないよ」 「なんで聞きたくないの? まさかチェスしに来た訳ではないんだろ?」 「……ち、が……」 「じゃあ、俺が勝ったら教えてよ。和希が何をしに来たのか」  さらりと言われた由紀子という名前にどうにかなりそうだった。涼義兄さんは俺の反応を見ながらビショップを手に取り、返事を待っている。  話せるはずなんてなかったのだ。結婚すると決め、悩んだ性癖からやっと脱出した義兄に何を言えるだろうか。 「チェックメイト」  義兄はもう、あの頃のように勝たせてくれない。低い声で、呆気なく幕を閉じてしまって追い詰めてくる。 「じゃあ、教えてもらおうかな」  勝たせてくれていたゲームだった。始めからずっとそうで、ルールなんて覚える必要もなかった。 「ずっと…………あの」 「なに?」 「可愛い……義弟に……なりたかった」  早く気持ちが死んでしまえばこの苦しみから逃れられる。それは義兄だって同じはずだったのに、俺はいつまでも想い続けてた。  涼義兄さんは微笑んで。 「可愛い義弟だよ、今も」  その言葉に自分でも分からないうちに涙が流れてしまって。ああ、こんな顔を見られてしまったらヤバイって頭では分かるのに。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

238人が本棚に入れています
本棚に追加