夜の帳が下りる頃

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 義兄の言っている可愛い弟は、この気持ちが無ければ簡単だったはず。でも恋愛感情を持つ俺はけして義兄が言っているような可愛い義弟ではなかった。  涼義兄さんは泣き始めた俺にまた困った顔で微笑んで、可愛い弟だと繰り返す。埋まらない、埋めたくても、埋まらない。 「泣くなって、和希」  困った顔をして膝立ちになって、20代を過ぎた俺の頭を撫でてくれる。幼い頃から撫でてくれたその手は、昔よりも厚みがあって堪らなくなる。  どうして義兄だったんだろう、こんなにたくさん人が暮らしている場所にいても他人に向けられることのなかった想いは、いつ消えてなくなるんだろう。  近付く義兄に気付いたら抱きついていた。あの日のように、頭で考えられずに心と体が動きだす。義兄の気持ちを知りながら、自分のものだと思い込んで。 「好きな気持ちが無くならないんだ」 「和希……ダメだよ」 「ダメだって頭では……分かってて……でもっ、どうしたらいいんだろう?消えないんだよっ」  呑み込んでいた気持ちはバカみたいに口から出てきて自分でも止められない。「好き」を言葉にして何度も繰り返してた。  どこで間違えたんだろう?  なぜ間違えたんだろう?  いくら自分に問いかけても一度も答えなんて出なかったから、もう逃げ方もわからなかったから。 「かず…き」  いつまでも泣き止まない俺を抱きしめてくれる。その温もりにまた胸の奥が熱くなる。 「ねえ」  こんな思いをするくらいなら、出会いたくなかった。 「今はまだ、由紀子さんのものじゃないでしょう?」  涼義兄さんの困惑した瞳に映るのは、どう見たって義弟の顔じゃない。血の繋がりなんてないから許された気がした。実の兄弟じゃないから、無かった事にも出来ると。 「ずっと好きだった、だから……一度だけ」  真っ赤な顔で見上げていると、涼義兄さんの唇が少し開いて言葉を呑み込む。 「一度だけ……忘れるから、約束するから……」  外は雨がまだ降っていた。      
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