夜の帳が下りる頃

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 義兄さんはかなりモテて高校の頃から付き合ってる人がいたらしいけれど、まだ幼かった俺は嫉妬するまでのことは無かった。家の中では常に一緒だし、俺は涼義兄さんにべったりで可愛がってもらっていたのだから。  でも、気持ちと体が大人に近付くとそれは少しずつ変わっていくのだ。  独占欲や嫉妬心、美しくない負の感情が成長と共に大きくなって心を埋めて嫌悪感へと変わってく。  あんなに可愛がってくれていた涼義兄さんを避けるようになって、それでも声が聞きたくて、顔を見たくて、でも顔を見れば無視を決め込んで構ってもらいたくなる。  いつも相反する気持ちの中でグダグダ過ごして、勉強も部活もそっちのけで隣の義兄さんの部屋ばかり気にしていた。  これが恋愛感情だと分かったのは、涼義兄さんが自宅に付き合っている女の子を連れて来た時だ。    その日は父さんが休日出勤になってしまい、俺と義母さんは二人で昼ご飯の炒飯を食べていた。 「和希が一緒にご飯食べてくれなくなったから、なかなかみんなで食べられないわね?」 「うわ、いやみー」 「あら?分かってるんじゃない、嫌味だって」 「色々あるんだよ」 「偉そうに」  義母さんとはうまくいってた。父さんとも、でも涼義兄さんとはほとんど話さなくなっていた頃。  玄関のドアが開く音がして、休日出勤だからこんなに早く帰れたんだと茶の間の時計をチラッと見上げた。  でも、すぐに父さんじゃないことが分かった。 「お母さん、千夏連れてきた」 「えー!今日だっけ?」  義母さんの顔がパッと明るくなって、食べかけの炒飯をそのままに立ち上がる。  バタバタと足音を響かせて玄関に向かう義母さんの背中を目の端で見送り、俺は指一本動かせないで固まった。 「あら〜、あなたが千夏ちゃんね?初めまして」 「今日はお招き頂いて、ありがとうございます。初めまして、鈴木千夏です」  玄関から聞こえてくる声は可愛らしくて、でもその声は呪いみたいに胸の奥をドロドロに溶かしていく。  指先は冷たいのに体は嫉妬で熱くなる。怖くなるくらいに。 「あ、千夏、茶の間に弟もいた。 和希、炒飯食べてたの?」  久しぶりに近くで聞く涼義兄さんの声が心に広がる毒に拍車をかける。  痛くて、痛くて、凄く痛くて。 「なあ、無視しないでよ」  隣に座る涼義兄さんの声が自分に向けられていたのは嬉しかったのに、でもあの日の俺には辛い声だったんだ。 「……女なんか連れて来るなよ」  ああ、この人が好きなんだ。    それを自覚した途端、地獄だった。  
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