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10、Think about you
「ところでお前。何で来たんだ」
一段落のついた一行はテントから出て外の空気を吸っていた。
石田はいるはずのない赤瀬に尋ねた。
「楓菜先生の車を借りました」
「……お前のいるべき場所はここか?」
「……患者さんたちは僕らの病院にあまり来ませんでした。僕らがいても他科にタッチするだけでやることはほとんどない。ならここでしか出来ないことをやりに来ました」
「…そのデタラメな思想を否定したはずだが」
「いいんです。怒られたって。僕は命を救うヒーローになりたいんです。褒められたいわけじゃない。けど、一番近くて1番遠い場所で待つのはもう嫌なんです」
「……ガキだ。とりあえず戻ったら説教だ。覚悟しとけー。お前ら2人ともなー」
石田の元に井山と椎名がやってくる。
「三崎さんの搬送完了しました。事後報告お願いします」
井山の言葉に頷いた石田はレスキュー隊と警察の元に向かう。
「ドクターカーが出るまで待っててくれ」
椎名も2人にそう告げると二人のあとを着いて行った。
「また怒られるね」
取り残されたふたりは現場の片隅に腰かける。
亀裂のない安全な場所。
赤瀬の一声に衣笠は笑った。
「ふふ、あんたのせいでね」
「なんでよ!命の恩人だよ?あの高さからの落下ならギリギリ死なずに1番痛いやつだよ?」
「だっさ。啖呵切った癖に手先不器用で切開下手くそだし、血胸の大量出血恐れてドレナージ迷うし」
「DICを恐れたんだよ!」
「あんたの凄さなら、血管損傷よりも呼吸確保の方が優先すべきって分かったろうに」
「んー。なんか複雑ー」
「あんた意外と面白いじゃん」
「どーゆーことだよ」
赤瀬の応答を無視した衣笠はもう一度赤瀬の顔を見て微笑んだ。
「助けてくれてありがと赤瀬。怖かった私を叱ってくれてありがとう」
そんな暖かい当たり前の言葉が聞けた。
赤瀬の心が溶かされていく。
「何?その顔」
「ありがとうって言われると嬉しいんだ」
「そ。二度と言わん」
「なんでよー!柚音ちゃん……ドレナージ上手かったね。お昼にやってたもんね。そりゃ現場呼ばれるよね」
「機嫌取り?随分褒めるじゃん。でもね、それ間違い」
「え?」
衣笠は空気を大きく吸うと大きな声で赤瀬に言った。
「ひとーつ。椎名先生と大量胸水患者のドレナージだけど、下手すぎて怒られた。みっちり指導してもらってようやくあれ。ふたーつ。あんたに遅れを取りたくなくて次の出動は私を出せって椎名先生にお願いした」
顔を赤くしている衣笠。
そほど恥ずかしいのだろう。
赤瀬の一声はこれだった。
「だっさー柚音ちゃん」
「は?あんたに言われたくないわ!」
「けど、補い合えばちゃんと出来たね」
「え?」
「……1歩踏み出した僕の迷いを払ってくれた柚音ちゃん。2人ならどんな患者さんでも救えるよ」
その無邪気で無垢な笑顔に罪悪感を覚える衣笠。
────────
「私を現場に連れてって下さい」
「初日だ。行けるわけないだろ」
「赤瀬は現場経験をしています。あんなマヌケが出来るから私にもできるって示したいんです」
椎名は少しだけ声を張って言った。
「けが人の命はお前の技術指標じゃねーぞ」
────────
「……ヒーローか。私には似合わないな…」
「ん?どうしたの?」
でも、ヒーローを助けるヒーローなら出来るかも。
医者は現場ではヒーローだ。
痛いところを治してくれて血を止めてくれる。
彼らからしたら私たちはヒーロー。
そんな絵空事を現場で言えば怒られることくらいわかってるけど。
私たちはヒーローなんだ。
彼の夢を応援したい。
まあいいわ、青臭いこんな話、柄じゃないし。
「ところでその柚音ちゃんって何?」
「仲良くなりたいじゃん?」
「ふん。誰があんたなんかと」
「朝より笑うじゃん」
「あん時はねー?ほんと怒ってたんだからね。ほんっとムカつく。なんであんたのお零れもらって私が怒られなきゃ行けないの!?」
「ほんとごめんってー」
はしゃぐ2人。
気づかない足音。
憤怒を込めた足踏みが二人の正面に近づいてくる。
白井の形相に何かを察したふたりは縮こまる。
何かを得る時は何かを失う。
それは命かもしれない。
けど、医者なら、医者になったなら、その命すら僕達は厭わない。
だってヒーローだから。
次回予告:明確な目標である医者というヒーローになるべくして邁進する赤瀬。それを影で応援する衣笠。いつも通りの日常がやってくるが?
この物語のテーマは、ヒーローです。
別に空を飛んだりビームを撃てる訳ではありません。
でも、患者さんにとっての命を助けてくれるドクターやナース、レスキューや警察なんかは彼らにとってのヒーローなのではないでしょうか。
一言のありがとう、が彼らへの暖かいご褒美なのかもしれません。
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