1、Dawn

1/1
63人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ

1、Dawn

いつの日からだろうか。 こんなにも誰かのために走ろうと思ったのは。 あのころの僕はなにか壊れてて、 何事にも一生懸命だった僕の何かがあの日欠けて、 心に空いた傷が癒えないままここまで来てしまっ た。 それでも今は思う。 傷を拭ってくれた仲間に巡り会えたことに僕は幸せを噛み締めるように……。 ──2022年4月1日 ピリリリ ピリリリ ERに鳴り響くホットライン。 赤く光るランプ。 談笑していたスタッフたちの顔つきが変わっていく。 ナースたちもナースステーションで逼迫した面持ちで外線の要請を聞く。 「はい、春坂救命救急センター石田」 『浜松(浜松)市北区消防局よりドクターヘリ要請です。三方原(みかたばら)台地西部にてトラックと乗用車の衝突事故発生。負傷者2名。1名は男性で胸を強く打ち、意識なし。もう1名は乗用車に乗っていた女性で、意識クリア。足の骨折が見られます』 石田と名乗ったメガネをかけたドクターはERを見渡すとスタッフたちの緊張感と準備する姿を確認する。 「出動します」 『了解』 ホットラインの受話器を下ろすと石田はPHS(ピーエイチエス)端末を取り出す。 「酒井くん、出動どうだ」 『視界良好、風速も良好、飛べます』 「了解」 CSに確認を取ると石田は出動の準備を始める。 「椎名!井山!行くぞ」 「「了解」」 赤い巨大なバック。 背中いっぱいに背負い3人は駆けだす。 スタッフたちが見守る中、髪は上下に揺れ、まるでアスリートのように走る。 エレベーターを上がるとドクターヘリが見える。 プロペラは今にも飛び立ちそうに音を立てて周り、運転手の澤井が手を振っていつでも飛べると合図する。 3人はドクターヘリに乗り込んだ。 締められる扉。 当たり前と繰り返すこと。 それでも患者にとっては初めてのこと。 命を救うために飛び立つ。 必ず助ける。 そんな闘志を胸に秘めて。 飛び立ったドクターヘリは浜松の町を翔けていく。 ──同日 出動要請30分前── 「やばい、遅れちゃう…」 青年と形容すればいいのか。 胸に通された紐をギュッと握り、必死に走っている。 彼も彼なりに必死なのだろう。 周りが見えていないのか、彼を笑う声は彼の耳に通ってないようだ。 桜舞う道。 1本の道がずっと続いている。 学生たちがちらほら見受けられる。 彼らはきっとこの街を愛し、夢を持って羽ばたいていく。 「結構走ったなぁ。でも春坂病院どこだよー。初出勤なのに遅刻ってまずいよぉー」 彼の足は止まらない。 それほど急いでいた。 初出勤で遅刻とはいかようなものなのか。 「奥に見えるのそうかなぁ」 奥に見える大きな病院。 彼の足取りはよりいっそう早くなる。 しかし、 ふと何かが背中に当たる。 耳をつんざくような音とともに悲鳴が聞こえた。 「わああああー!!!」 時が止まったかのように思えた。 当たったのはガラスの破片。 幸いリュックにあたり大事にはいたらなかった。 振り返るとそこにあったものは…。 「え」 トラックが乗用車と衝突しめり込んでいる。 女性が助手席から飛び出てきて足を抑えている。 トラックの運転手は項垂れている。 乗用車とトラックの間に挟まれている乗用車の運転手。 凄惨な現場が眼前で繰り広げられる。 「救急車呼べ!」 「痛い……」 「おい!なんだなんだ!?」 通行者、通学中の学生。 事故によってせき止められた車から様子を伺う野次馬。 散歩中の高齢者。 血にまみれた現場では悲痛な叫びがただただ聞こえた。 「あし………血が……」 足にガラスが刺さり流血している女性。 感じたことの無い焼けるような痛み。 見渡すもこちらを見る人だかり。 誰も手を差し伸べてくれない。 痛い……痛くて意識が……。 「………死ぬ……」 ……ダメ……力が入らない。 女性の意識は闇の中へ。 体から力が抜け倒れる。 顔面は鋭いガラスの方へ……。 「お姉さん。お名前は?」 「……っ………ぇ」 誰……私、意識失いかけてた。 「……新垣…美冬(みふゆ)です……助けて」 「意識を強く持って!トラックの運転手の人はあなたより深刻だ。こんな事言うのもあれだけど、あの人よりマシなんだ。必ず助かりますよ」 人だかりの中から私を助けてくれたこの人……。 一体…。 「……あなたは?」 「春坂救命救急センターのドクター、赤瀬 煌人(あかせ きらと)です」 「……赤瀬…先生」 「頑張りましょう!」 目が輝いてる……。 この先生なら。 私を助けてくれる。 「……うん!」 赤瀬は笑顔で頷くと受傷部を目視する。 「もう喋らないで。出血します」 「……」 「あなたを寝かせます。新垣さん、今、野次馬の人が救急車を呼びました。しかしあなたの足に刺さったガラスはあまりに鋭く血管を切断しています。このままでは足に血が通わずに腐ってしまいます」 「……え」 「太ももを僕の服でキツく縛り付けガラスを抜きます。ですがここに麻酔はありません。気が遠くなる痛みが走ります」 「……せんせ……そんな」 「数秒耐えて。絶対助けますから」 そう言うと赤瀬は自分のカバンからまだ空けていない天然水を取り出す。 「……うっ……痛い」 「染みますが頑張りましょう」 服を脱ぐとそれを足にまきつけキツく縄縛りを作る。 「………はぁはぁ」 「新垣さん歯を食いしばって……行きますよ」 赤瀬がガラスに手をかけると新垣は目をつぶる。 「……」 次の瞬間、ゆっくりと赤瀬はガラスを引き抜く。 「ぁぁあああ!!」 「よし頑張った……傷口をもう一度消毒してレスキューを待ちます。頑張りました!新垣さん」 「はぁはぁ………ありがとう……せんせ」 「………」 赤瀬の強い頷き。 不安から開放された新垣は意識を失う。 強く手を握った赤瀬は立ち上がると現場の方を向く。 上がる煙。 聞こえる叫び。 地獄だ。 まるで地獄だ。 けど、 走り出したその足音は、喧騒にかき消されながらも強く踏み出した。 ──患者 残り 4名 次回予告:Dispatch(ディスパッチ)/緊急出動の意味。幕を開ける命の物語。心優しくも命に熱いちょっと抜けた一人の救急医のドラマが始まる。初出勤の遅刻間際で起きた悲惨な交通事故。目の前には助けを呼ぶ悲鳴。全ての命を助けるべく立ち上がる一人の男、赤瀬煌人がいた。 初回が11月?とかで、今見返してる作者3月。 この頃は次回予告が長かったと関心しています。 100話まで進むと1行です。 ペテルギウスロマネコンティです。 怠惰です。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!