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11、Journey
──4月6日
「あーーー赤瀬ー。疲れた、やっといて」
「やだよ。僕にそれ言うの何回目だよ」
積まれた書類。
カルテ、DNRオーダー、医療経費明細、労災保険書面、レポート、診察書類、治療オーダー用紙。
溜まりに溜まった事務仕事をこなす彼ら。
そう、ドクターは現場でメスを振るうだけでは無い。
与えられた紙とペンで机に向き合うのも大事な仕事。
もっともこんなに溜まるはずもない。
一人の女医は3倍もの書類をか弱いKY男に押し付けていた。
「文句言うな。あんたの方が得意でしょこーいうの」
「いや、だからって理不尽だ!」
「うるさいなぁ、口うるさい男はモテんよー?」
「別にいいし!」
「………」
ズズズ……
背後に迫る何らかの殺気。
まるでファンタジー世界のように明らかに怒りが具現化して感じられる。
間違いなく…石田だ。
「お前たちの腑抜け具合はよーく分かった。喋ってばっかりでは現場に出れんぞ」
「減らしてください」
「オペさせてください」
石田はため息をつく。
「最初に衣笠。まずは自分でやれ。その量を椎名や真田は一瞬で終わらせる。押し付けるな。赤瀬、お前は現場に出るとやらかすからダメだ。大人しく反省しろ」
「お言葉ですが…もう5日ですよ?あれから」
赤瀬のきらきらした眼に心底ため息をつく石田。
「こりゃぁダメだ」
賑やかな職場。
みんなといると勝手に笑みがこぼれる。
そんな風だったらよかった。
いつからだろう。
心に闇を抱え、周りに合わせるようになったのは。
1週間前のあの現場で彼は…私を置き去りにした。
────────────────
「楓菜先生」
「どうした?」
「……車貸してください」
「え?」
「今日僕が朝遅刻したのは車がパンクしていて家から歩いてきたんです」
「いやいや、急に?」
意味不明な発言をする赤瀬に戸惑いを覚える真田。
シンクホールの起きたあの日は近くの聖上大学に地理的な関係で多くの患者が運ばれた。
春坂にはほんの3人しか来なかった。
「僕がここにいてもやることはありません」
「……」
「貸してください」
「私が車もってること知ってるの?」
「賭けです」
「………分かった。医局の入って手前の最左席にキーホルダー付きの鍵がある。車は白車ロータリーを出た先にある黒いワゴンR」
「感謝します…」
──────────────
赤瀬はあの日、楓菜を置いていった。
楓菜は先輩だ。
無邪気に笑ってるあの人の顔を見ていると、
不幸にたたき落としたくなる……。
行かせなきゃ良かった。
活躍?
やりたい放題やってそのまま死ねばよかったのに…。
私より活躍するやつなんて大嫌い。
目立つな。
年下の分際で。
あーあ。
つまんねぇー、赤瀬煌人。
──
────
───────
「楓奈先生!おはようございます!」
「あれ!?あか……キラトくん!」
不意な赤瀬に驚く真田。
そうだ。
石田先生が嘆いていた。
あいつらは1週間謹慎だが、粗相のないように見張れって。
今日解除なのか。
だから赤瀬と衣……なんだっけ。
が、いるのか。
「真田先生……私の名前覚えました?」
「ぁ、ああうん!柚音ちゃんだよね?」
「いやー!ほんと衣笠でお願いします。名前で呼ばれると赤瀬を思い出すタイミング増えるので」
──何こいつ
──なんか、うっぜェ…はは
「うん!衣笠先生。おはよう」
「おはようございます!」
「うわー。柚音ちゃん僕にそんな挨拶しないじゃん」
「は?」
「『あ?なんだあんたか。うっすー』みたいな」
「オヤジか!そんなんじゃないわ!」
「…………うるさいお前ら。ERではしゃぐな」
「椎名先生……すみません。おはようございます」
「おはようございます」
先に謝る赤瀬。
続けざまに頭を下げる衣笠。
───滑稽……椎名に怒られてる
「おい真田」
「ひゃっ、椎名くん?な、なに」
「ICUの相田さんのCHDFをやっといてくれ」
「うん、わかった」
───………。
ERから出ていく真田の足取りはやけに重そうだった。
「ねぇ赤瀬」
「ん?」
「なんか……きもくね」
「げっ、ふつーに傷つくんだけど」
「いやあんたじゃない。真田楓菜の笑い方」
「僕の?」
「違うって。話聞け、真田楓菜」
「ごめん、ほんとにそーいうのよくわからんのよね」
「無理して笑ってると言うか、繕ってるって言うか、あんまり肩寄せん方がいいと思うよ。なんだか椎名先生や石田先生の扱いみてると頼りないし」
「……」
衣笠はそう言うとHCUの方へ歩いて行った。
次回予告:もう1人の孤独な影。赤瀬の目に映らない衣笠が知る真田の本当の姿。彼女の笑顔の裏にあるものとは……?
ふむ。
ICU:集中治療室
HCU:高度治療室
NICU:新生児集中治療室
PICU:小児集中治療室
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