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4、The medical confidence
「……メス、ペアン、コッヘル、クーパー、鑷子、針糸、ケリー鉗子……」
すると、
「おい何やってる!!!」
外から大きな声がする。
「お前はさっきの……爆発があったろ!!医者がいていい場所じゃない!今すぐ出ろ!」
「笹野さんは右大腿部虚血症状あります。30分以内に止血しないと足を切り落とさなければならなくなります」
「いいから出ろ!」
「黙れ!!!」
「………なんだとお前…」
白井の怒りの震え声が聞こえる。
「覚悟を決めた人間の前から……自分だけ逃げるなんてできるわけが無いでしょうが!」
「………」
「処置が終わったら合図します。僕を引きずり出して殴るなりなんなりしてください。けれど今は諦めません」
赤瀬は笹野の足に消毒液をかける。
白井はこれ以上何も言わなかった。
局所麻酔をワンショット〈注射器1本分の全部投与〉すると赤瀬は笹野に呼びかける。
「麻酔をしました。始めます」
「……たのむ」
目が合わない角度にいる2人。
しかし2人の心は今繋がった。
笹野への言葉が笹野の不安を和らげる。
「行きます」
「………」
笹野が歯を食いしばる。
赤瀬は大腿部にメスを走らせる。
「うっ………!麻酔…してんじゃないんすか?」
「してても全身麻酔では無いので……体質によって効きやすさが出るんです。我慢してください。これ以上打つとアレルギーなどで逆に危険なんです」
「分かった」
軟部組織を剥離する。
「くっ……」
しかし脂肪層が厚く血管が見えない。
長い間の阻血で血管も癒着が強かった。
思うように行かない。
「痛てぇ……せんせ……まだか」
「……」
これ以上やれば苦痛が続くだけだ。
すると、
「斜め45度で切り込め」
「っ!?……石田先生」
「患部から目を離すな。患者の苦痛を最小限にするなら一瞬の激痛は覚悟しなければならない。無駄な優しさは余計に痛みを伴わせるぞー」
……そうか。
優しくやっても長くなるだけ。
ならいっそ。
「笹野さん……一瞬激痛が走りますが頑張ってください」
「………」
笹野が車体を掴み、意を決したのを見ると、
鈍い剥離音が響く。
「くっ……ぁぁあああ!」
ペアンではなくケリー鉗子で皮膚を切開して露出させた。
「あとは結紮せずにクランプしたら引き出すぞー」
「大腿動脈確保。よし、クランプします」
ケリー鉗子で皮膜を破るとペアンで血流を遮断する。
「笹野さん!終わりますよ!頑張りました!」
ガーゼパッキングと簡易の縫合を終えると赤瀬は引きずり出される。
終わり始める作業。
患者は笹野以外搬送され、一同は現場から離れていた。
ちょうどやってきたドクターヘリによって搬送されるところだった。
「……頑張りましたね」
「……せんせ……ありがと」
そう言うと赤瀬は笑いかける。
「お願いします」
石田は何も言わずにドクターヘリに乗り込む。
後ろを振り返った赤瀬が見た光景。
「ふざけるな!!!」
顔面を殴られる2人のレスキュー隊員たち。
あれは赤瀬と一緒に笹野を救ったもの達だった。
「ちょっと!あなた!やめてください!」
手を掴んで牽制するが無駄だった。
倒れたレスキュー隊員たちによって引き離される。
「ちょっと……おふたりを殴った人ですよ。どうして庇うのですか?………っ!?」
「おい」
赤瀬の体は宙に浮いていた。
周りを見るとこちらをただ険しい表情で見つめるレスキュー隊たち。
殴られたふたりは鼻血を流している。
赤瀬は白井によって胸ぐらを掴まれていた。
「爆発した時、咄嗟にお前はうちのバカに庇われた。あれがなければ死んでた、違うか!!!」
「……僕らが行かなければ笹野さんが見つかるころには亡くなっていたかもしれない」
「お前が無茶しなければバカふたりが今日レスキュー隊を辞めることは無かったなぁ」
「っ!?ちょ、どういうことですか」
「規則を破り危険を犯し、危険行為をする医者を止めるは愚か、手を貸した罪。命を軽々しく扱うものたちは要らない。どんな理由があろうと辞めてもらう。お前のせいで、この先2人が命を救うはずだった人間が救われないかもしれない……お前は医者だ……立場をわきまえろ。二度とするな。医者に殉職なんて絶対あってはならん」
離された胸ぐら。
しかし、
「………っ!?」
唖然とする2人。
なんと赤瀬は白井の頬を張り手したのだ。
「お前……何をしたのかわかってるのか?」
「この先?そんなタラレバにかまけるのがレスキューの使命?腑抜けにも程がある」
「なんだと!!!」
「確かに危険を犯したことは謝ります。ごめんなさい。ですが今日救える命をふざけた理屈で捨てなかった僕達の方が筋が通ってると断言します!!」
そう言うと赤瀬は振り返って春坂救急に向かって歩き出す。
煤けたリュックサック。
無惨だった現場を通過する。
「俺は浜松レスキュー隊長白井。お前……名前は」
「赤瀬煌人」
昼下がりのアスファルトを歩く影。
彼の姿はもう見えなかった。
次回予告:赤瀬と白井の喧嘩は終わり事故での活動を終えた赤瀬は6時間も遅刻をしてようやく春坂病院にたどり着く。そして新しい出会い。波乱なER生活が幕を開ける。
〇医療知識特集〇
ペアン、コッヘル、メッツェンバアム、etc……。
あれやこれやと器具がわんさか大変です。
今日は整理を兼ねて簡単な説明をします。
大前提「鉗子/かんし」は管や血管をクランプ/遮断するものです。
点滴で滴定しすぎないようにチューブをクランプしたり、ドレナージで陰圧をコントロールするためにクランプしたり、止血のために血管をクランプしたり用途はクランプが多いです。
鉗子がケツにつくものは救命医療におけるもので主なものだと「ペアン、モスキート、ケリー、コッヘル」などです。
違いは言及する必要あるのかな?一応。
有鈎か無鈎かの違い、大きさの違いです。
組織ごと止血したりする際は、組織で鉗子が滑らないように鋭い鈎がある必要があります。
それがコッヘル。
組織を傷つけない無鈎の鉗子がほかの3つです。
ケリーは他よりも細身で組織の把持にも使います。
一般的なペアンと更にペアンより小さなモスキートです。
他にもブルドック鉗子やアリス鉗子、タオル鉗子などもありますが追追ですね。
続いては鋭利なハサミです。
この話の1番上にクーパーとあります。
ドラマなどでは縫合糸の切断などに使っています。
そう、彼ら(クーパー、メイヨー、メッツェンバアム)は組織や糸の切断に使うものです。
とくにメッツェンバアムが一般的で、先がメッツェンバアムより曲がっているものがメイヨーです。
クーパーは刃先が丸くなっていて組織が傷つかないようになっています。
関連でサテンスキーや曲がりペアンなどもあります。
救急医療ではサテンスキーがこの先多発的に供述される訳ですが、これは遮断鉗子と言って、血流を止めるための大きな血管用の曲がりペアンと思ってください。
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