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◆◆◆◆
やっと過ごしやすい気候に入ってきた。
来月からは衣替えで、またあの硬い学ランを着るはずだった。
「………」
いや、待てよ。
もしかしたらまた学ランの可能性もある。
紫雨は一人、屋上で秋の風を受けながらスマートフォンを弄った。
都立宮丘学園高等学校。
「……よかった。ブレザーだわ」
やけに爽やかな生徒会長の顔を見ながらため息をついたところで、目の前にピンク色の何かが翳された。
「………イチゴ牛乳?」
紫雨が視線を上げると、矢島がそれを押し付けながら隣に座った。
「やる」
「……え、えええ!?」
紫雨は受け取りながら笑った。
「ギャップ萌え!なんであんたがこんなのくれるのぉ?」
「何も俺が買ったわけじゃねえ」
矢島が胸ポケットから煙草を取り出しながら言った。
「うちの冷蔵庫に腐るほどある。てか半分腐ってる」
「!?」
紫雨は慌てて賞味期限を確認した。
「今日じゃん。ギリ」
紫雨は笑いながらストローを刺すとそれを飲み始めた。
「……うまっ!」
「あっそ」
矢島はくれたくせに呆れたような顔をしながら言った。
紫雨は矢島の横顔を盗み見た。
************
『来週って……今日金曜日デスヨ?』
紫雨の言葉に、叔父の嫁の妹の夫は笑った。
『ちゃんとお別れを言わなきゃいけない奴でもいるのか?お前に?』
************
――いるわ。ボケ。こんな俺にだって一人くらい。
矢島の唇から白い煙が空に溶けていく。
――相手はイチゴ牛乳をあげるくらいの友情しか感じてねえみたいだけどな。
矢島の黒目がこちらを向く。
「なんだ」
「――――」
重くならないように。
何でもないように。
軽く。
軽く。
「何か俺、今度は東京らしい」
紫雨は笑った。
「東京?……転校ってことか?」
矢島が眉間に皺を寄せる。
「次のとまり木が決まったから、飛び立ちますわー。てか東京ってことはあれじゃね?倉科君いるんじゃね?うまくいえば会えるかもなー」
紫雨はニヒヒと笑った。
「そしたら何か伝えておくことある?矢島さん」
「――――」
矢島は視線を逸らし、顔を傾けながら首筋をポリポリと掻くと立ち上がった。
「あれ。もう授業行く?」
紫雨が慌てて立ち上がろうとすると、彼は振り返らずに言った。
「今日はフケる」
その短い言葉に、紫雨は茫然と口を開いた。
「え。フケるって帰るってこと?」
矢島はそれには答えず、屋上を出て行ってしまった。
「――んだよ」
最後の日くらい一緒にいてくれてもいいのに。
別に最後にマック行こうとか、
記念にプリクラ撮ってよとか、
言ったりしないから。
せめて一緒に、いつも通りここで、過ごしてほしかったのに。
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