168人が本棚に入れています
本棚に追加
「学ランとか似合わねーんだけど」
紫雨は教室脇の鏡に自分を映しながらふっと鼻で笑った。
「えー、そう?似合ってると思うけど」
いつの間にか隣に並んでいたクラスメイトの女子が一緒になって狭い鏡を覗き込む。
「紫雨君、髪の毛茶色いもんねー」
またその隣の女子が無理やり鏡に入ってきて、先の女子がこちらに凭れ掛かってくる。
甘い制汗剤の匂いがフワッと鼻を掠める。
――うげ。勘弁してくれ……。
「あー、だからかな。鏡の中の自分に違和感しかねえんだよね」
紫雨は胸中では唾を吐きながら、女子たちに愛想笑いを振りまいた。
「制服が新しいからってのもあるかもね」
女子が今度は直接こちらを振り返りながら言う。
「3年でこんなに新しい制服着てる人、いないから」
片方の女子が紫雨の顔を見て頬を染める。
「あ。じゃあ、誰かにボロボロの制服貰えばいいのかな」
紫雨は冗談を交えながら廊下からクラスメイトを見回した。
女子に興味はない。
しかし男子には、なくもない。
城西高校に転校してから2週間。
まだそこまで話したことはなかったが、一見した限りでは残念ながら好みの男性はいなかった。
―――てかさ。
「ねえ、気になってたんだけど。聞いてい?」
紫雨は女子生徒を振り返った。
「机の数に対して、登校してくる生徒が少ないのってなんで?」
紫雨は金色の瞳で女子生徒を見つめながら言った。
「え……」
女子生徒が固まる。
「それは……」
脇の生徒が小さくため息をつく。
「あの事件以来、自由登校になって、リモート授業が承認されてるからよ」
「―――事件?」
紫雨は目を丸くした。
「てか紫雨君……もしかしてあの事件を知らないで転校してきたの?」
――事件。
14歳から今まで、世間のデキゴトなんて二の次で、自分の人生をただ耐え抜くので精いっぱいだった。
「何かあったの?俺、ちょっと前まで海外にいたから知らないんだよね」
「ーーあ、そうなんだ」
でまかせだったが、彼女はロシア人とのハーフである紫雨の顔をマジマジと覗き込んで、深く頷いた。
「あのね、うちの高校で去年、殺人事件が起こったの」
「殺人事件……!?」
紫雨が叫んだ言葉に廊下を歩く数名がビクッと振り返る。
どうやら冗談ではないらしい。
そうか。それで……。
紫雨は初めて理解した。
この高校に漂う重苦しい、それでいて肌寒いような異様な雰囲気の理由を。
最初のコメントを投稿しよう!