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「尊さん、そっちじゃないって」
妻の歌穂にぐいと腕を引っ張られて、中瀬尊は慌てて身体の向きを変える。
「ああ、ごめん」
「しっかりしてよ……」
そうでなくても待ち合わせに遅刻気味だ。歌穂が怒るのも無理はない。
指定された居酒屋の自動ドアを抜け、にこやかな笑顔で迎えてくれた店員に告げる。
「早乙女さんの名前で予約していると思うんですが……」
「はい、こちらでございます」
店員の案内に従い、歌穂と連れ立って廊下を歩く。予約してあるのは個室の座敷だと聞いている。
「もうみんなそろってるよね……」
「そうだろうね。でもまあ、潔く謝ればいいよ」
歌穂の言葉にほんの少しだけ安心していると、店員が足を止めた。
「こちらでございます」
店員にふすまを開けてもらい、中をのぞく。こざっぱりとした座敷には、すでに全員の顔がそろっていた。
ひょんなことからとんとん拍子に進んだ今回の集まり。勤務先である神戸ひかり総合病院からは尊と歌穂の夫婦と麻酔科医の増井香織、関東の生育医療センターからは心臓外科医の西尾伸二、血液内科医の神田あずさ、看護師の早乙女悠真。東西を代表する病院から、有能な医師と看護師の集まりだ。といっても決して形式ばった集まりではなく、あくまで個人的な集まりだ。平たくいえばただの飲み会。
「中瀬先生、遅いじゃない」
心なしかほっとした様子の香織が手招きしているのを認め、尊は座敷に入った。そして勢いよく頭を下げる。
「大変遅くなってしまい、申し訳ございません!」
頭を上げられない尊に、穏やかな声がかかる。
「いやいや、謝らなくていいですよ。頭を上げて」
恐る恐る頭を上げると、柔和な笑顔が尊を見つめていた。今回の最年長メンバーである西尾だ。
「逆に俺らが早すぎたんですよ。西尾先生が、集合の三十分前に着こうって言い出すから……」
おしゃれないで立ちの若い男性が笑う。看護師の悠真だ。悠真に促され、尊と歌穂は腰を下ろした。
「五分前行動のさらに五分前の……って考えちゃうから」
「わかります。わたしたちも基本そうなんですが……」
悠真の言葉を受け、西尾が返し、歌穂が引き継いだ。物おじしない妻を、尊は誇らしく思う。
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