迷路

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 資産家であり厭世家であるタカナシは、憂国していた。その憂さ晴らしだか何故だか彼は五十歳の時に某森林組合と交渉して大きな山を買った。その山に某ゼネコンに発注して洞穴を掘らせた。  それは迷路になるよう枝分かれした道になっていて、その迷路の中心辺りに一室を設け、そこへ財宝を眠らすことにした。  そして同ゼネコンを使ってマイマウンテンの中腹を切り開き、そこへログハウスを建てた。  実はタカナシは今までに三度の結婚を経験したが、結婚生活はいずれも上手く行かず、破局したので俺は結婚に向かん、それに人付き合いも苦痛だというので五十歳からは独身生活を隠遁というスタイルで送ることにしたのだ。  彼はすっかりミザントロープになっていた。政界人にも財界人にも官界人にも、そして村社会が嫌だし悉皆閉鎖的だから切磋琢磨出来ず技術発展出来ないと思うだけに感染症ムラの人間にも原子力ムラの人間にもITゼネコンムラの人間にも幻滅し失望していた。こいつらは利権を守ろうとする余り国民の害になりマイナスになることばかりして戦争、スタグフレーション、ウイルス感染、医療崩壊、被曝、IT後進国転落などの危機に国民を晒させている。国民も国民で民意が低く村社会に安住している。そう案じ軽蔑し切るタカナシは、どの分野にも通じていて著名人だから自分のホームページにアクセスが相当来る。だから、「マイマウンテンの洞窟の一室に財宝を隠した。洞穴は迷路になっているが、探し当てる自信のある方は来たれ!」とホームページに大々的に掲載して宣伝し、マイマウンテンの地図と洞窟の入り口に辿り着ける案内書も掲載すると、挑戦者が当初は続々と現れた。当初は?と言うのも洞穴に入ったが最後、迷路に嵌まって出て来れない、若しくは仮令、洞窟の一室に辿り着けたとしてもオープンドアボタンを押して入口の扉を開けて中へ入ると、扉が閉じる仕掛けになっていて間道に通じる入口の蓋を見つけられない限り中から出られなくなってしまい、誰も生還出来ないので挑戦者が時が経つに連れて減って行き、タカナシが五十三歳になった今では挑戦者は絶えてしまったのだ。  今や洞窟内は白骨化した死体や腐乱した死体が散乱しているだろう。その中には捜査に来た警官の他に俺の軽蔑すべき唾棄すべき蛇蝎視すべき輩も多数いる。この国を駄目にした奴ら、あらゆる面で国民を危機に晒した奴らだ。エゴイズムの権化どもめ、ざまあみろ。タカナシはそうほくそ笑んでいた。  彼自身も警察の捜査を受けたが、自分から進んでゲームに挑んで負けた方が悪いと言わんばかりに殺人目的で迷路を作った訳では毛頭なく宝探しのゲームを皆さんに提供しただけだと言い張り、俺が頼んだゼネコンに聞けばよく分かることだと言って無罪を主張し、警察としても罪を問うことは出来なかった。  いつしかタカナシの山は雪山になっていた。そしてある日、雪崩が起きた。折しもタカナシはスキーを楽しんでいたが、どんな具合になっているか、興味が湧いて雪崩の音がした方へトラバースしながら滑って行った。  デブリに辿り着くと、ふかふかのパウダースノーだ!極上のゲレンデが出来た!ひとっすべりするかとタカナシは滑り出した。  彼は身近でスキーがやりたかったこともあって山を買ったのだ。  かれこれ二時間余り滑った時だった。靴底を上に向け、雪上に突き刺さるように立っているスノートレッキングブーツを発見した。  タカナシは何気なしに近づいて行き、拾い上げようとすると、ずしりと重みを感じ、引っこ抜けない。もしやこれはと思って持ち上げるべくスキー板を外し、しっかり踏ん張りながらぐっと力を入れて引っ張ると、案の定、防寒トレッキングパンツを履いた脚が出て来た。これは女だなと気づくと、タカナシは夢中で引っ張り出した。  身長は165センチはあるだろうか、小顔で八頭身と思われ、而も凄い美人。但し当然ながら顔色は悪く唇は紫色に変色し、目は閉じている。  タカナシは慌てて彼女の肩に掛かっているボンサックを外して彼女を仰向けに寝かせて耳を彼女の胸に当てた。心肺停止か?焦った彼は気道確保して人工呼吸と心臓マッサージとを交互にやり続けた。その内、妙に興奮して来た。冷たい空気が興奮の熱を冷ましきれない程に・・・彼女の色っぽい唇と豊かな胸に何度も触れられるのだから無理からぬことだった。  全く無我夢中になっていたタカナシは、諦めることなく延々と続けていると、遂に彼女が息を吹き返して目を開けた。 「ああ、良かった・・・」中天に輝く太陽の光を浴びて、それこそ宝石のようにキラキラ煌めく美しい目を見てタカナシは心底そう思って呟いたのだった。それから妙に照れながら、「低体温症になっているかもしれませんから、と言うか、なっていると思われますから取り敢えず我が家であったかい物を食べてあったまって休むが良いです。さあ、おんぶしますから」と言ってタカナシは彼女を抱き起こして背中に乗せた。  彼はスマホを携帯していたが、救急車を呼ぶ気は更々無かった。自分で彼女を運びたかったし、介抱したかった。何しろどの人間にも価値を見出せずニヒリズムに沈淪していた所へ持ってきて未だかつて出会ったことのないレベルの価値ある美人なのだ。  彼女は当然ながら衰弱していて喋る気力もないようなのでタカナシは敢えて安心させる言葉だけかけて彼女に答えを求めなかった。そうして豊かな胸の感触を背中で楽しみ、白皚皚たる雪景色を楽しみながら我が家を指して進んで行った。  一時間余りかかったが、夢のように時が過ぎ、汗こそ一杯掻いたものの不思議と疲れを感じなかった。それどころか心が浮き立っていた。  彼はまず寝室に行って彼女をベッドに座らせ、暖房してからスノートレッキングブーツを脱がしてやった。そして水を持って来て彼女に水分補給させ、自分もいい汗掻いたと水を飲み、大体日光で蒸発していたが、彼女の濡れている所を拭いてやった後、ダイニングに行って温かい肉入りスープを作った。勿論、彼女に摂取させる為だ。  それを与えられた時、彼女は弱々しくではあったが、初めて礼を言った。 「礼には及びません。遭難された方を助けるのは当たり前ですから。況してこの山は僕の山ですから」とタカナシは答えたが、況してあなたは美人ですからとも答えたかった。  彼女がスープを飲み終わり、床に就いたところでタカナシは置き去りにして来たスキー板とスキーポールと彼女のボンサックを取りに出かけた。  身軽だから一時間弱で着いた。ボンサックを持ち上げてみると、いやに重いので中を見てみて驚いた。何と洞窟の財宝の一部がぎっしり入っていたのだ。  現場は丁度、洞窟の一室から抜け出せる秘密の間道の出口の真下辺りだった。で、「彼女は洞窟の一室の間道に通じる入口の蓋、即ちタイル状の床と同じ色柄模様の秘密の蓋を見つけ出せたのだ。だから宝箱の中から財宝を取り出してボンサックに詰め込むと、間道を通って外へ出られたんだが、丁度雪崩に襲われてここまで流された訳だ」そう気づいたタカナシは、あの美人が初の快挙を成し遂げたのか、確かに只者じゃない雰囲気があると思った。  タカナシはスキーをして帰ったから25分位で我が家に着いた。寝室はエアコンを点けっぱなしにしておいたから全く以て暖かい。  そんな中で彼女は唇が本来の赤さを取り戻し顔色が良くなった可憐な綺麗首を布団から覗かせ、仰向けの儘、行儀よくぐっすり眠っていた。  で、タカナシは即座に意馬心猿たる思いになった。こんな強い気持ちになるのは初めての事だった。今まで性欲を湧かせてくれるいい女と付き合ったことはなかったのだ。  せめて、この隙に豊かな胸を拝んでおきたい、そう衝動に駆られたタカナシは、ボンサックを床に下ろすと、そろりそろりとベッドに近づいて行った。  タカナシは五十三歳にして青年のように心臓をどきどきさせていた。  彼はまず彼女の円やかな富士額に手をそっと当てた。  おっ、平熱だと勝手に決め込んで、これなら脱がしても大丈夫だろうと掛布団を捲って彼女の腰から上を現出した。  大丈夫、起きそうもないと呟きながらダウンジャケットのチャックを降ろして前見頃を開き、セーターをゆっくり捲り上げ、ヒートテックもゆっくり捲り上げ、ブラを露にした。玉のような白い肌をした二つの膨らみの所で盛り上がりに沿って衣服の裾を持ち上げる際、当然ながら間接的に乳房に触れ、相当大きいことを確と認めていたタカナシは、情炎の赴くまま情痴の坩堝に嵌って行き、ブラを捲り上げた瞬間、濃い目のピンク色をした大輪の花が二つ、強烈なインパクトを伴いながら目に飛び込んで来た。 「うっひょー!なんて綺麗なんだ!こんなワンダフルなおっぱい初めて見た!」とタカナシは快哉を叫ぶと、鑑賞するだけでは収まらなくなった。何しろ今まで見た女のそれと比べて同じ女でもこうも違うものかと思わずにはいられない、この上なく素晴らしい代物だから自ずと自分の側にある左の膨らみを右手でギュッと掴むと、揉むだけでなく大輪の花の真ん中辺りのポチっと盛り上がった部分を精力的に嘗めたり吸ったりし出した。  その凄まじさに流石に目を醒ました彼女は、三昧境に入るように忘我して一心不乱に件の行為を続けるタカナシを見た途端、気が確かになって何してんのよ!と叫ぶが早いか拳を作った右手でタカナシの左頬を強か打った。  不意打ちで而も猛烈な打撃だったのでタカナシはびっくり仰天しながら頭が右側に吹っ飛ぶように大きく流れ、彼女の腹の上に伸びんばかりに腹ばいになった。そしてちょっとどいてよ!と強い語調で彼女に言われたので痛いのも忘れ、飛び上がって直立した。  すると彼女は上体を起こし、はだけた胸を急いで戻してから鋭い眼光でタカナシを礑と睨みつけた。 「す、すいません!つい魔が差してと言うか、あなたが余りにも美しいものだから、つ、つい・・・」 「もう!ほんとにもう!」と彼女は依然苛立っているように見えたが、眠りに落ちる前にタカナシのホームページにアップされたタカナシの画像を思い出して彼自身にダブらせ、ここがタカナシさんの家なんだわと気づいていたし、タカナシは命の恩人だし、タカナシの誉め言葉と芯から申し訳なさそうな態度に微笑ましくなってしまったから自分の方が申し訳ない気持ちになって来て優しく繕った笑顔で言った。「私の方こそ、とんでもないことをしてすいません、タカナシさん、顔を上げてください」  タカナシは自分の名前を知っている彼女を不思議に思いつつ殴られたのと羞恥心とで赤く火照った顔を徐に上げて言った。 「な、何で僕の名を?」 「タカナシさんのホームページを見てここへ来る運命になってしまったんですもの」 「そ、そうですか、はぁ、それで・・・」とタカナシが思い出したように言うと、彼女はタカナシの背後に置いてあるボンサックを見てから言った。 「バックを持って来てくださったんですね」 「ええ、いやあ、驚きました。よくぞ宝を発見して外へ出られましたねえ」 「だって私、普通の女じゃないんですもの」 「と言うと?」 「女盗賊のフジコ・ミネを御存知?」 「あ、ああ、あの有名な」その姿を絶対撮影されないフジコであったが、美しくてナイスバディと評判で、その噂をかねがね聞いていたタカナシは、諒として言った。「そ、そうか、あなたがフジコさん!」  フジコがにやりとして頷くと、タカナシは盗賊と言っても一般人には危害を加えない伝法な性格であることを矢張り噂などで知っていたから安心して今更ながらあのフジコのおっぱいを見れて掴めて嘗められたんだ!その喜びたるや何より重畳だと思って褒め上げた。 「道理で道理で、いやあ、お見事!全く大したもんだ!」  すると、フジコはベッドから颯爽と降り立ってボンサックの方に向かった。 「あ、まだ休んでいた方が・・・」とタカナシが気遣ったが、フジコはボンサックを右肩に掛けると、艶やかに笑って言った。 「もう大丈夫ですから」 「ほんとに?」 「ええ」 「いやあ、流石、全く以て大したもんだ」とタカナシがまた褒め上げると、フジコは嫣然と笑って一揖してから言った。 「命を救ってくださった上に宝物まで頂戴させてもらって御礼の言いようもありませんけど、あなたも私のお陰で好い思いをなさったんだから私の申し訳が立つわ。そうじゃなくって?」 「はぁ」とタカナシは頷くと、途端に顔を赤らめた。「確かに、あなたにはそれだけの値打ちがあります」 「ふふ、でも、もし、あなたがあんなことをなさらなかったら私からしてあげたのに」 「えっ?」 「ふふ、あなたのことは一生忘れないでしょうね、色んな意味で」とフジコは含み笑いを浮かべながら言い捨て寝室を出しな、「ちょ、ちょ、ちょっと、もう行くんですか?」と聞くタカナシに言った。 「はい、隠遁は私の性には合いませんわ。さようなら」  フジコは言葉尻でウィンクして玄関の方へすたすたと向かった。  タカナシは止めるべき筈のところであったが、キュートなフジコのウィンクと相俟って決然たるフジコの玲瓏たる嬌声が揺曳して陶然と佇んだ儘、止めようがなかった。それから慌てて外へ出て四方八方見回したが、フジコの姿は既になく見当たらなかった。で、「フジコちゃーん!」と大声で呼ばわってみたが、白銀の雪原や雪渓に虚しく響き渡るだけで戻る筈がなかった。ヤケクソで、「フジコ!カムバック!」と絶叫しても駄目だった。  この時、彼は生まれて初めて燃えるような恋心が芽生えたのに違いなかった。所詮、実らぬ片恋慕・・・磯の鮑を九つ集め、ほんに苦界(九貝)の片思いと都々逸を詠んだ。  爾来、隠遁生活を始めたのは正解だったと思う反面、フジコのことを恋々として幾ら思ってみてもフジコと二度と会うことは叶わなかったから、せめて写真を撮っておけば良かったと後悔し、逢うたその日の心になって逢わぬその日も暮らしたいと都都逸にあるように生きようとしながら迷路に嵌るように追憶の中のフジコに連綿と迷わされ続けるのであった。              
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