第五話 ゲームに勝てば

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第五話 ゲームに勝てば

 誰もが一瞬、憂鬱(ゆううつ)になった。暗い沈黙がその場を支配する。  そのなかで急に明るい声を出したのは、香澄だ。 「ちょっと待って。でも、これって、かなり前進しましたよ。だって、昨日の段階でアリバイがあったのが十七人。今朝、アリバイができたのが、となりの部屋の六人とこっちの二人でしょ? それで、グールに食べられた人が二人、処刑されたのが一人。全部で二十八人じゃないですか。ていうことは、名前も顔も知られずに逃げまわってる単独行動の人は、あと二人しかいないんです! つまり、そのどっちかは必ずグールなんですよ」  香澄に言われて、沢井もハッとした。 「あと二人のうちの一方。その二人を昼間のうちに捕まえられれば、今日じゅうにゲームを終わらせられる」  とたんに、みんなわきたった。  処刑にする人は運がよければ、あと一回ですむ。しかも、それは二分の一の確率で、すでに人を食う化け物だ。そう思うと心がかるくなる。 「探しましょう」と、津原も言う。  里帆子は女だが、性格が攻撃的だ。彼女もノリノリで沢井についていった。 「詩織さん。わたしたちはとりあえず、朝食にしませんか? お兄さんも来る?」  香澄が神崎を誘うので、詩織はあわてふためいた。  神崎はあっけなく「ああ、いいよ」と了承する。たしかに群れていたほうが安全だから、そのせいなのだろうが。  近くで見ると、神崎はほんとにキレイな顔立ちをしている。切長だがくっきりした二重で、まつげが長い。身長もけっこう高い。  神崎を見あげて、詩織はぼんやりしていたらしい。  香澄が優花を呼びながら三人の寝室にとびこんだ音で我に返った。 「優花さん。朝ご飯食べましょ」  しかし、ドアをあけた香澄がうろたえる。 「詩織さん。優花さんがいない!」 「えっ?」  あわてて部屋をのぞくと、香澄の言うとおりだ。優花がいない。  いったい、どこへ行ってしまったのか?  まだ朝だ。まさかグールが人を食べるとは思えないが……。 「優花! 優花、どこなの?」 「優花さん!」  二人して名前を呼ぶが返事はない。 「詩織さん。もしかして、わたしたちが遅いから追いかけていったんじゃないですか?」 「だとしたら、三階かな」 「行ってみましょう」  しかし、三階にはいなかった。ロボットが遺体を運びおえて、あの部屋はすっかりキレイになっている。 「優花。一人にするんじゃなかった。怖がりだから、死体を見るとおびえると思ったけど……」 「トイレかもしれないですよ。それとも、ホールかな? わたしたちがそこに行ってると思って」 「香澄ちゃん。スマホ持ってたよね? 優花と連絡つかない?」 「ここ、スマホは電波圏外ですよ。写真は撮れるけど」 「そうなんだ」  しょうがないので、優花の行きそうな場所に一つずつまわる。神崎もついてくるのは、いちおうグールが現れたときの用心だろうか。  あちこち探しまわって、ようやく見つけたのは、一階のシャワールームだ。 「優花、いる?」 「優花さん。いますか?」  個室が一つ使用中になっていたので、二人でガラスドアをたたく。すると、裸の優花が顔を出した。 「どうしたの? 二人とも、あわてて」 「ヤダ。もう、心配したよ? 優花に何かあったんじゃないかと思って」 「なんにもないよ。昼間だもん。寝てるときに汗かいちゃったから」 「なんだ。よかった。じゃあ、わたしたち、エントランスホールに行ってご飯食べてるよ?」 「うん。すぐに行く」  シャワールームの外で待っていた神崎が、いつものクールな表情でたずねてきた。 「いた?」 「いました。昼間だから安心して一人で来ちゃったみたいです」  なにげない会話だが、神崎と話せるだけで嬉しい。ハッキリと惹かれているなと自分でもわかった。  だが、神崎のほうはちっとも甘い気持ちではないらしい。 「昼だから安全とはかぎらない。グールはアンプル打たれてから、二晩と数時間経過してる。死体を食べて進行を遅らせてるとしても、まったく兆候がないとは思えないんだ。捕まって調べられたら終わりだと自覚してるはず。だったら、誰かに出会ったとき、危害をくわえてこないとはかぎらない」  そう言われれば、そのとおりだ。しかも、相手が男か女かすら、こっちは知らないのだ。 「やっぱり、一人で行動するのはやめたほうがいいですね」 「ああ」  廊下で話しているうちに、優花がタオルで髪をふきながらやってきた。着替えを入れたビニールのバッグを持っている。勝手にコンビニからとってきたようだ。ただの怖がりかと思っていたが、意外と行動力がある。それほど安心しきっているということか。 「優花。あのね——」  さっき神崎に言われた内容を説明しようとしたときだ。どこかで大きな声が響いた。 「そっちだ! そっちへ行ったぞ!」 「逃がすな!」 「追いかけろ!」  沢井たちの声だ。男が数人、階上で叫んでいた。  さわがしい複数の足音。  すると、目の前の階段から、誰かがおりてきた。 「そいつを捕まえてくれ! グールだ!」  沢井の声を聞いて、詩織は立ちすくんだ。
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