第五話 ゲームに勝てば

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 詩織はたずねた。 「それはどういうこと? 教えて。香澄ちゃん」  香澄はいつもの少し冷めた態度で打ちあける。 「バイトです。高額バイトをネット検索したら、すごい額を見つけたんです。ちょっとヤバそうだなとは思ったけど、どうしても大学進学資金をかせぎたかったから」 「高額って、いくら?」 「二千万。それだけあれば、残りは奨学金でもなんとかなるなって」 「に、二千万? とんでもない金額じゃない?」  記憶はないが非常識なバイト料だという感覚はあった。日給で一万四、五千円も出れば、充分、割のいい仕事だと、詩織は思う。 「たぶん犯罪がらみのそうとうヤバイやつかなとは考えました。でも、うち、父親が借金作って自分だけ夜逃げしたんですよね。ママが一人で働いて、ここまで育ててくれたけど、ムリがたたって去年、亡くなって。借金の残りはママの生命保険でなんとかなったけど……自分でかせぐしかないんです。風俗に売られなかっただけ、まだマシかなって、わたしは前向きに考えてるんですけどね」  まだ十代なのに、信じられないくらい苦労してきている。それでこんなに大人っぽい思考なのだ。子どもでいることをゆるされなかった。そういう生きかたを十代で余儀なくされた。 「ごめんね。言いたくなかったよね」 「かまいませんよ。ゲームに勝てば二千万手に入るんだから、わたしはがんばります。絶対、勝ち残ります。自分の人生は自分で切りひらくの」  強い子だ。  はたして、同じ境遇だとしたら、詩織にそこまでの覚悟が持てるだろうか。  しかし、そうなると、詩織はなぜ、記憶がないのか疑問が残る。  チロリと優花を見ると、視線から詩織の気持ちを察したようだ。優花も自分から話しだす。 「わたしはよくわからないけど……たぶん、元彼にだまされたんだと思う。前にわたしのカードで勝手に借金してて。それで別れたんだけどね。ふだん使ってないカードがもう一枚あったんだよね。それをなくしたって、最近、気づいて。使用停止にしてもらったときには、だいぶ使いこんでたみたい。おぼえのない借金のとりたてがあって、怖くなってたところに、こんなことがあったから……」  香澄がものすごく感情のこもった声で言う。 「うわぁー。優花さんの元彼、最悪ですね。ゲスですよ、ゲス」  優花は情けない表情ではあったが、少しムッとしたようだ。 「そうなんだけどね。でも、見ためはそんなふうに見えないんだよ。すごくいい人で、まじめで誠実に見えるの」 「わたしたち、似た者同士ですね。まあ、わたしの場合は親父だから選べなかったんだけど。ほんと、あのクソ親父、目の前にいたら殺してやるんだけどな」  さばさばした口調で冷淡な宣言をするところが、ほんとに今の子なんだなと詩織は思う。  それにしても、二人の共通点はお金だ。どうやらこのグールゲームは参加の謝礼として高額を支給されるらしい。だとしたら、詩織自身も大金が必要で参加したことになる。 (ほかの人もみんな、そうなのかな? でも、二千万で命を賭けるのは、ふつうの人なら躊躇(ちゅうちょ)する。大金だけど、若い人なら一生働いて、かせげなくはない額だし。集まるのって、そうとうにお金に困ってるか、無謀な人なんじゃ?)  沢井は一見、好青年。木村はエリート管理職のサラリーマンに見える。バイト代につられて来るようには見えないが、人は見ためどおりではないと言うことか。香澄のように親の残した借金のためかもしれない。  とにかく、それぞれに事情がありそうだと思った。  そうこうしているうちに、沢井たちがホールにやってきた。すごい勢いで朝食をむさぼる。時間が一分でも惜しいようすだ。  食事が終わると、沢井は木村と相談してから言いだした。 「みんな、協力してほしい。発見されてないグールの容疑者はあと一人だけだ。そいつをなんとかして今日じゅうに見つけたい。そしたら、今夜の裁判で二人のうちどっちかを処分する。もしも、それが外れても、もう一人を監禁しておけば、次の日の裁判では確実だ。最長で明日の夜には終わる。おれたちはみんな勝てるんだ」  綺夢か、まだ見つかっていないもう一人。  そのどちらかがグール。  勝利は目前だ。  その場にいる全員の士気が目に見えてあがった。  昨日にわけたグループと、さらに今朝になってアリバイのできた六人のグループで、廃墟内を上から下まで捜索した。島縄手が姿を見せないので、神崎は詩織たちについてきたが。  夕方近くになって、ようやく、最後の一人が見つかった。でっぷり太った大柄な男だ。恐怖のためなのか、もともと性格やコミュニケーション能力に問題があるのか、暴れまわって話にならない。  みんなに追いたてられて、階段から足をふみはずした。 「あッ——」  仰向けに落ち、後頭部をしたたかに打つ。男の体の下から鮮血がみるみるひろがった。  沢井がすくんでいるので、里帆子が近づいていった。看護師だから、そのへんの度胸はあるらしい。 「死んでる」と、ひとことだけ告げる。 「しょうがないよ。暴れたのは、こいつ自身だから」と言ったのは、はたして誰だったのか。 「でも、コイツがグールだったら、裁判は死人でも選べるのかな?」 「そこは天井の人に聞かないと」  沢井と津原の会話にアナウンスが割って入る。 「夕食前でもけっこうですよ。今夜の裁定をおこないますか?」  全員一致で、階段から落ちた男を選ぶ。  綺夢は一室に閉じこめたままだし、これで明日の朝にはゲームは終わる。勝って、外へ出られるのだ……。
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