第六話 謎の三十一人め

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 沢井がグルッと人々を見まわす。 「初日の夜に全員の人数をちゃんと数えたやつ、いるか?」  誰も手をあげない。  あの夜は薬で眠らされ、この場所まで運んでこられた。そのあと注射を打たれ、意識がもうろうとしていた。人数を数えるほどの気力がなかった。  しばらくして、ためらいがちに言ったのは神崎だ。 「最初に目がさめたとき急いで数えたが、三十一だった気がする。ただ、あのときは薬のせいで半覚醒だった。自信はない。翌朝には三十になってたから、そっちのほうが正しいと思ってた」 「たしかに三十一だったか?」と、沢井が念を押す。が、神崎は、 「だから、断定はできない」  明言はしない。  それはしかたない。詩織だって、あのときはそれどころじゃなかった。 「三十一だったなら、数はあってる。隠れてる最後の一人が女だったんだ。それなら、今夜の裁判で三条を選べばいいんだから、明日には決着つくことは変わりない」  沢井はそう結論して、少し自信をとりもどした。 「ね? そうですよね。木村さん」  しかし、木村は納得していない顔つきだ。 「ほんとに三十一だったならな。だがもし、三十二人だったら? 三十三だったら? その場合はかなり危険だ。昨日、一日かけて全館を調べたろ? それでも見つからなかった。グールは我々の知らない隠れ場所を確保してることになる」  これはマズイ。  もし秘密の隠れ場所をグールが持っているのだとしたら、このまま一週間逃げきられる可能性がある。  めずらしく津原が発言した。メガネを押しあげながら、 「きょ、今日も、あら探ししましょう! そしたら、グールの秘密の寝場所、見つかるかもだし」  言いきった感じでドヤ顔をするので、香澄が大笑いした。 「あら探しって、マウント陰険女子のやりくちですよ?」 「えっ? なんか違った?」 「それ言うなら、しらみつぶしに探そうとか、そういうんじゃないですか?」 「ごめん。ごめん」  女子高生につっこまれて、津原はなんだか嬉しそうだ。  木村や沢井も気をとりなおす。 「まあ、それしかないな。もしも今日じゅうに誰も見つからなければ、三条を処分し、今夜は誰も一歩も部屋の外へ出ないようにする。外へ出たときの命の保証はない」  それ以外に方法はない。  昼のあいだに綺夢か別のグールが見つかれば、問題はないのだが。あるいは、総人数が神崎の言うとおり、三十一人だったなら……。  みんなで朝食を食べたあと、ほとんどの人は男も女も協力して、綺夢やほかにもいるかもしれないを探しまわった。  協力していないのは島縄手くらいだ。彼は一人でいても怖くないらしく、集団行動をさけている。まあ、あれほど体格のいい男だから、島縄手の身には危険はないだろう。  武器と言えるものは物置にあった柄の長いモップや、コンビニに置かれていたハサミ、カッターなどの文房具、それに個室に残されていた花瓶など。  詩織たちも微力ながら手を貸した。しかし、やはり、誰も隠れているようすはない。  しだいに詩織は違和感をおぼえた。いるかいないかわからない三十一人め、あるいはそれ以上はともかく、綺夢が見つからないのはおかしい。トイレの個室一つ一つ、シャワールームや物置、あらゆるところを調べまわったのだが。少なくとも人間の入っていけるすきまには誰も隠れているようすはなかった。 「沢井くん。空き部屋は例の紐でくくる方法で、開閉したらわかるように、全部あかないようにしてしまおう。そうすれば、グールが出入りしてるかどうかだけでもわかるだろう?」  木村が言いだして、誰も使っていない部屋はビニール紐で封鎖された。  コンビニに置かれたビニール紐は、パッケージに油性マジックで番号をふられ、個数を管理された。誰かがそこから持ちだせばわかるようにだ。こうしておけば、外にいる誰かがコンビニの紐を使って封鎖を解いたあと、再度つけなおしもできない。  これで、今夜の裁判は綺夢を生贄にさしだす。総人数が三十一人でさえあれば、夕食のときには今度こそ決着がつく。  ところがだ。  うな丼の夕食を出されたあと、いよいよ裁判になる。その席で奇妙なことが起こった。 「みなさん、本日の処分者は決定しましたか?」  いつものアナウンスに沢井が代表して答える。 「三条綺夢を処分する。これは我々の総意だ」 「みなさん、これでまちがいありませんね?」  詩織たちはうなずいた。  これでやっと終わる……三十一人なら、終わる。  期待に胸がドキドキする。  だが、返ってきた答えは思いもよらないものだった。 「三条綺夢はすでに死亡していますが、かまいませんか?」  一瞬、何を言われているのかわからなかった。  詩織は思わず、いつも冷静な香澄を頼って彼女の顔を見つめた。しかし、香澄も首をふる。 「どういう……ことだ?」  沢井があわてふためいたようすで反問する。 「ですから、該当者はすでに死亡しています。処分の機会を一回、ムダにしますが、それでもよろしいですか?」 「死んでるって、なんだよ? だって、三条綺夢は部屋から逃げだして——」  すると、ハッと息をのみ、神崎が口をひらいた。 「待てよ。もしかして、今朝の死体が三条だったんじゃないか?」  沢井が珍妙な表情で神崎をかえりみる。そのあと笑いだしさえした。 「何言ってんだよ。そんなわけないだろ? だって、じゃあ、誰が三条を殺したんだ?」  さもバカバカしいというように沢井は笑い続けるのだが、詩織はずっと自分のいだいていた違和感の正体に気づいた。 「……朝から、ずっと変な気がしてた。死体のあの女の人、どっかで見たなって。顔はなくなってたけど、そうだよ。着てた服はコンビニに置いてあったパジャマ。あれ、わたしたちが昨日の夕方、三条さんに届けたやつだ。同じ柄のはなかった」  つまり、加害者だと思われていた綺夢は被害者だった。綺夢の部屋の封印は外から解かれた。彼女はグールに襲われたのだ。
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