第一話 いきなり始まったソレ

4/4
前へ
/22ページ
次へ
 シャワールームは個室がいくつかならんでいた。いちおう男女でわかれている。  この施設はもともとホテルか病院のようなものだったのだろう。床にはホコリがたまっているし、窓にヒビが入っていたり、壁に大きなシミがあったりする。長らく使われていなかった廃墟(はいきょ)を、急きょ使えるように水道と電気だけ通わせた感じだ。  着替えはないが、タオルはそなえつけがあった。これも新しく用意されたものらしく、清潔な香りがしている。熱い湯を浴びて、少しだけ人心地ついた。 「ねえ、結城さん。今夜は三人で同じ部屋を探さない? わたし、一人じゃ寝られない」  優花がそう言うので、詩織も賛成した。一人になるのは不安すぎる。たぶん法律にふれないギリギリの実験にすぎないのだろうが、それにしても廃墟だし、グールが出るなんておどされれば、怖がらない女はいない。  三人で建物のなかを歩きまわった。カーテンはやぶれているし、窓にも鉄格子がハマっていてひらかない。それでも、鍵のかかる部屋を見つけられた。パイプベットが壁ぎわに二つずつ、計四つならんでいる。 「ここ、いいですね」 「じゃあ、おやすみなさい」 「早く実験終わるといいな」  そんなふうに話して、ホコリっぽい布団にもぐりこんだ。  だが、緊張しているせいか、なかなか寝られない。  今は夜中の何時ごろだろう。時計もないのでわからない。でも、きっと深夜というほどではなかった。  どこか遠くのほうで、男たちの話し声がしている。ときおり、笑い声。みんなけっこう快適なようだ。それほど、あわてふためいてはいない。 (わたしは、なんでこんなとこに……今まで何をしてたんだろう? みんな、自分のこと忘れてしまって不安じゃないの? 子どものころの記憶も、何も思いだせない)  ただ目を閉じると、白い光が浮かんでくる。ふわふわと漂うような感覚……。  いつのまにか眠っていた。  とつぜん、目ざめたのは、どこかで悲鳴が響きわたったからだ。  詩織はベッドにとびおきた。同時に、香澄や優花も起きてくる。 「ねえ、今の、何?」 「わ、わからない。誰かがふざけたんじゃ?」 「そんな感じじゃなかったですよ。お姉さん。断末魔の叫びって、ああいうのじゃないですか?」  香澄の言うとおりだ。  夢うつつで聞いたから、男か女かすらもわからなかったが、ただごとではない。あんな悲鳴をこれまで一度も聞いたことがなかった。まるで、獣に生きながら食われてでもいるかのような……。 「どう……する?」  詩織がたずねると、優花は泣きだした。首をふって、頭をかかえる。  それを見て、香澄もため息をつく。 「あの感じだと、今さら遅いんじゃないですか? 今夜のグールは食事を終えたんでしょ?」  食事——つまり、人間が食べられたのか?  いや、でも、ただのお芝居かもしれない。グールが本物だと被験者に思わせて、行動を観察しているのだ。  優花が泣きじゃくるので、詩織はその考えを述べた。 「だから、心配ないと思うよ。今夜はもう寝ましょ」 「うん」  香澄も賛同する。 「それがいいです。どうせ廊下も暗いし。朝になってからたしかめましょう。とにかく、わたし、眠くて、眠くて。おやすみなさい」  年下の香澄にはげまされる形で、詩織はベッドによこたわった。なかなか寝つけなかったが、それ以降、なんの物音もしない。  ほかの部屋の被験者たちは、みんな、寝入っているのだろうか。それとも、誰もが安全な朝が来るまで、ようすをうかがっているのか……。  考えているうちにウトウトしていた。次に目がさめたときは朝だ。  まだ早朝のようだ。霧が出ている。やぶれたカーテンのすきまから、うすぼんやりした景色が(もや)のなかに見えた。  カツカツと足音が聞こえる。すでに誰かが起きて活動を始めているようだ。ぼそぼそと話し声も届く。  詩織は気になって起きあがった。 「どこへ行くの?」  声をかけてきたのは優花だ。あれからまったく寝てないのだろう。泣きはらした腫れぼったい目だ。 「昨日のあれが気になるから、ちょっと見てくる」 「やめたほうがいいよ」 「でも、もう朝だから、とりあえず夜までは大丈夫」 「そうだけど……」  話していると、香澄が起きてきた。 「わたしも見に行きます」 「待って。一人になりたくない。二人が行くなら、わたしも行く」  けっきょく、三人で廊下へ出ていった。  夜中に悲鳴が聞こえたのは、どのあたりだったろう。 「そんなに近くじゃなかったよね?」 「わかんない。ウトウトしてたから」 「お姉さんたち。あっちに人が集まってますよ」  香澄に言われて、階段のほうへ歩いていく。  すでに十人近くが集まっていた。沢井。木村。河合。謎めいた美青年も。みんな青ざめ、ひきつった顔をしている。 「あの……?」  人だかりのあいだから、詩織はそれを見た。  とたんに息がつまった。  ただの心理的な実験で、ほんとに人殺しなんて起きないと思っていたのに。  そこにはひとめで死体とわかるものが、ゴロリところがっている。はらわたがひきさかれ、内臓がえぐりだされ……。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加