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第二話 死体のある朝
どう見ても本物の死体だ。作りものではない。血糊の生々しさ。食いちらされた肉のグロテスク——
キャアと悲鳴をあげて、優花が倒れた。腰がぬけたのだ。
詩織もまともに見られなかった。すぐに目をそらして、うずくまる。
しばらくして、あのロボットが複数やってきた。ストレッチャーに死体を載せると、コロコロところがしていった。
しかし、そのときに詩織は見た。死体の顔を。
「戸田くん……」
「えっ?」
「今の、戸田くんだった……」
昨夜、ほんの三十分かそこら話をしただけの人物だ。それでも、知っている人があんなふうに亡くなるなんて、強い衝撃だった。
(やっぱり、ほんとなんだ。ほんとにグールがわたしたちのなかにいるんだ)
その思いはとつじょ、そこにいるすべての人に芽生えたらしかった。数人は悲鳴をあげて、鍵のかかる自分の部屋へ走っていった。
「グールだ! グールの仕業なんだ!」
そんな叫び声を、詩織はぼうぜんと聞いた。
だが、ふるえる詩織の肩を香澄がつかむ。
「お姉さん。でも、これで、わかったよ。わたしたち三人はグールじゃない。わたしたち、どんなことがあっても協力しよう? 絶対に一人にならないように」
ハッとして、詩織は香澄を見なおした。
たしかにそうだ。昨夜、三人は鍵のかかる部屋で一晩をすごした。寝てはいたが、それほど熟睡はしていなかった。こっそり誰かが部屋をぬけだせば、気がついたはずだと思う。
これはもしかしたら、大ラッキーだったのかもしれない。誰がソレなのかわからない状態で、確実にソレではないとわかっている仲間がいるのは。
香澄の言葉で、優花も少し元気が出たようだ。三人で手をとりあっていると、詩織たちの会話を聞いていたらしい沢井が声をかけてきた。
「君たち、昨日のアリバイがあるんだね」
「アリバイ?」
「だって、そうだろ? 三人ともずっと同室内にいた。鍵をかけて一歩も外に出てない」
「そうですけど」
「だったら、君たちはグールじゃない」
詩織は言われて初めてそれに気づいた。そうだ。つまり、優花や香澄がグールでないということは、詩織自身もそうではないと証明してくれる人がいる。
「じつは、おれや木村さんも四人部屋で寝てたんだ。おれたちはみんなグールじゃない」
詩織が戸惑っているあいだに、そういう流れになっていた。つまり、グール狩りが始まったのだ。
これはもうただの実験やドッキリなんかじゃない。どういう理由かなんて知らないが、昨夜の説明はほんとなのだ。治験者のなかに一人だけ、グールがまじっている。その人物は一見ただの人間だが、夜になると人肉を求めてさまよい歩く……。
だから、死にたくなければ、本気でソレをあぶりださなければならない。
「みんな、食堂へ行こう。ほかの人たちもそろそろ起きてくるはずだ。そこで、みんなのアリバイを確認する」
こういうとき、主導権をにぎってくれる人がいるのは、とても助かった。詩織にはそんなふうに自分からみんなをまとめていくことなんてできない。
ホッとして、優花の手をひきながら沢井についていった。
沢井のグループは四人だ。男ばかり四人。沢井と木村のほかは会社員風の三十代の男が二人。名札を見ると、清水、橋田とある。四人部屋と言っていたから、彼らは全員、昨夜のアリバイがあるのだろう。
これで詩織たち三人とあわせ、少なくとも七人はグールではない人が決定した。
一階のエントランスホールに全員でおりていく。いや、途中で男が一人、そっと離れていくのに、詩織は気づいた。名前も知らない男だ。昨夜は治験者の顔と名前を全員、把握はできなかった。
(あの人、なんで逃げたんだろう? みんなといたほうが安全なのに)
疑問に思ったが、ほかの人たちはその男がいなくなったことに気づいていないようだったので、とにかく沢井たちについて階段をおりた。
一階のホールには、すでにロボットが来て、食事をくばっていた。階段からおりてきたのが十人弱。食堂には十五人くらいがいて、モーニングのセットを黙々と食している。
目立つ金髪の女の子とそのとりまきや、あの謎めいた美青年もいた。
彼がいてくれて、なぜかホッとする。そういえば、彼はさっき階段のところにいたはずだが、いつのまにエントランスにおりていたのだろう。みんなが死体を見て戸惑っているうちに、階下へおりていたのか。
「みんな、聞いてくれ」と、沢井がさっき階段のところで述べた説を、ここでも陳述する。
聞いていた人々がざわめいた。話の途中で、急にソワソワしだして走りだす者もあった。
すると、沢井がみずから追いかけて、それを捕まえる。沢井はやっぱり体育会系で育ったに違いない。若いし、体力がある。俊敏な動きで、四十代くらいの男を押さえつけた。
「あんた、なぜ逃げだしたんだ? 昨夜のアリバイがないんだな? そうだろ?」
「違う。おれは違う!」
「でも、逃げた。アリバイを追求されると困るからだ」
「……おれは怖かったんだ。まっさきに鍵のかかる部屋を確保して、それから朝まで外に出てない。ほんとだ!」
しかし、まわりの人々は誰もがその男を恐れるように、あとずさる。
アリバイがない。それはつまり、グールである可能性を示唆している。
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