第二話 死体のある朝

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 そのあと、その場にいない人物の名前を知っているだけ書きだそうと、沢井が言ったものの、明確におぼえている者はいなかった。  さっきの初瀬里帆子の発言が真実なら、グールはとっくに自分の体の異変に気づいているはずだ。これからは徹底的に集団行動をさけるだろう。  食事は三度、このエントランスホールでしかくばられない。だが、あるいはグールは深夜に食べる人肉だけで、ことたりるのかもしれない。もしそうなら、ずっと人前に出てこない人物がソレなのだが。 「あのガラの悪い人は島縄手(しまなわて)って名札に書いてありましたよ」と、メガネの津原が言う。  犯罪者みたいだと思った、あの男だろう。そういえば、今日はまだ姿を見ていない。 「ほかには?」と、沢井。  香澄が口をひらく。 「一人、すごいイケメンがいますよね。あの人は神崎って名前です。今日はもう名札外してたけど、昨日、チラッと見ました」  やっぱり、香澄はしっかりしている。観察眼もするどい。ただの女子高生とは思えないほどだ。 「島縄手と神崎ね」  ルーズリーフに書きこみながら、沢井がぼやく。 「それにしても、グールは一人なのに、どうして十三人も逃げまわってるんだ?」  それはもちろん、アリバイが証明されない人は否応なく死刑にされてしまう危険性があるからだ。ほんとうは一人でいれば、グールに狙われやすくなる。彼らにとっても不本意なのだろうと想像できる。 「とにかく、夜になるとこっちは鍵つきの部屋にこもるしかない。昼間のうちにグールをあぶりださないと、一人ずつ減っていくんだ」  すると、初めて金髪の美少女が声を発した。見ためから想像したのとは違い、少しアルトでハスキーな声。それがまた魅惑的だったりする。 「でも、わたしたちが鍵つきの部屋で夜をやりすごせば、?」  つまり、一人行動の人たちが犠牲になっているあいだは——という意味だ。  詩織は愕然(がくぜん)とした。こんなキャンディーみたいに甘ったるい容姿なのに、なんて残酷なことを言うのだろうかと。  しかし、正論ではある。詩織だってほかの人の代わりに自分が死ぬのはイヤだ。 「今、ここにいないのは十三人。一人は死んでしまったから、残り十二人。そのうち一人はグールだ」  そう言って、沢井が説明する。 「つまり、人間は十一人だろ。グールが毎晩、一人ずつ食べていく。一方で、裁判でも一人ずつ減る。ということは残り六日を乗りきるには、十二人の犠牲者が必要なんだ。一人たりない」  でも——と、理系の初瀬が反論する。 「六日めに残った一人は確実にグールじゃない。それなら、最後の日には必ずグールが処刑される。わたしたちは生き残れる」  この場にいない人たちのうち、十一人がグールではない一般人。それがわかっているのに、彼らを見捨ててしまえば、勝ち残れると主張している。  なんだか、詩織は不安になった。たしかにそうなのだが、ほんとに一週間でここを出られる保証もないのに。 「一週間で解放されるって言われましたっけ」  思わず、詩織はつぶやいていた。 「言われたよ。昨日の夜」と、香澄。 「そっか。忘れてた」  この場にいるメンバーは、それで安堵の吐息をついたのだが、木村は考えこむ。沢井のほうが体力的に優れているし、ルックスもいい。だから、沢井をスポークスマンに使っているのだとわかった。ブレーンは木村のようだ。 「天井の誰かさん。我々は一週間で解放される。グールは一週間以内に特効薬だったかな? それを打たないと完全に肉体が崩壊するからだって言ってましたね? だから、我らを解放するわけですね?」  今日はまだアナウンスを聞いてない。が、どこからか、このようすを見ているのはまちがいなかった。質問を受けて、ただちに答えがあった。 「そうですよ」 「では、もしも我々が一週間、グールを見つけだせなければ、どうなるんですか?」 「最後の夜の裁判で、グール以外の人が処分に選ばれてしまった場合、勝者はグールになります。よって、グールに特効薬があたえられ、そのまま社会に帰されます」 「そのとき、我々も解放されるのか?」 「あなたがたは敗者です。敗者にはグール研究のために協力してもらいます」 「研究に協力? 具体的に言えば、どうなるんだね?」 「グールウィルスを投与され、さまざまなデータをとらせてもらいます」 「それは生体実験に使われるという意味か?」 「いたしかたありません。そういうゲームですから」 「ゲーム?」  天井の声が冷徹(れいてつ)に告げる。 「そう。屍喰鬼(グール)ゲームです」  グールゲーム——  なんだか背中がゾワゾワする。  これは治験ではなかったのか?  なぜ、自分はこんなゲームに参加させられているのだろう?
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