終愛の花束を

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「お腹に赤ちゃんが居ること忘れて動いちゃ駄目だよ? 仕事も育休取ったから」 「んな? 別に働けるって」 「駄目だよ。安静に。ね? 家で少し料理する位なら良いからさ、こんな時位頼ってよ」 「っ分かったよ……」  切なくそう訴えてくるその姿に私もそれ以上強くは出れなかった。  もし、この時私が無理にでも一緒に仕事に行っていれば何か変わったのだろうか。いや、きっと何も変わらなかっただろうな。 「じゃあ行ってくるね」  それから私は次第に大きくなっていく腹を抱えてテレビの料理番組を観ては、それを真似して料理をして自分で食べるという何とも味気ない生活を送っていたある日。 「っつ!」  リビングで新聞を読んでいた私の腹に鋭い刃物で突き刺された様な痛みが走った。  破水だ。  初めての出産なのに、本能的にそう理解し受話器を取った。 「もしもし、破水しました。1人です。住所は———」  私は救急車を呼ぶと、そのまま横になって腹を引き裂かんばかりの痛みに耐えていた。 「そんな急がんでも私は逃げないよ。ゆっくり出ておいで。絶対大丈夫だかんね」  私は荒くなっていく呼吸を何とか落ち着かせてお腹をゆっくりと撫でた。 「そうだ、白妙にもメールしとかないと」 『破水した。これから救急機乗って病いん行く』  私はガラケーを取り出し、メールを手早く打ち終えると、ケータイを放って、目を瞑った。  救急車は数分で着くと言っていたが、激痛に耐え、もし今出て来てしまったらと考える私にとってこの時間は何時間にも感じるほど酷く長かった。  激痛に意識が朦朧としてきた頃、外から微かに救急車の音が近づいて来ていた。  そのまま音が家の前で止まったのを確認して、私はゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かった。 「やっと来た……」  私は担架に乗せられ、救急車で病院へと運ばれた。  私は病院に着くとすぐ陣痛室に連れられた。 「赤ちゃんがどのくらいで出て来そうかを調べますね」  横になった私にピンク色のナース服を着た助産師さんに血圧を測る為の機械を腕に巻く。  その間も腹をナイフで割く様な鋭い痛みは止まらず、私はただ横になって耐えるしか無かった。 「初めての出産ですよね?」 「そう、だけど!?」 「いえ、子宮がほぼ全開でしたので、すぐ分娩室の方へ向かいましょう」  私は助産師さんに支えられて分娩室へと歩く。一歩歩くたびにまた腹を指で引きちぎる様な痛みに晒されて歯を食いしばる。 「着きましたよー」  私は着くとすぐ手術台の様なところに寝かされた。 「後少しで赤ちゃんに会えますからねーがんばりましょう」  そこからの記憶はほとんどない、ただ今まで感じたことのないような痛みにただただ耐えていただけで、気付いたら胸元には小さな、少し力を入れてしまったら潰れてしまいそうな程小さい私の子供が居た。 「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」 「これが、私の、私達の、子供?」  私が震える指でそっとその手に触れると、小さなその手できゅっと私の指を掴んだ。  その瞬間、安心からか、実感からか、私の目からはブワッと涙が溢れ出した。 「産まれたの!?」  遠くからバタバタとした足音と共に勢いよく扉が開かれ、白妙が汗だくの状態で現れた。 「はぁ、はぁゲホッゲッホ、産まれゲッホだん、だね」 「あんた、ちょっとは落ち着きなさい」 「はぁ、はぁ……ごめん」  白妙は息を整えると、ゆっくりと私達に近づいた。 「これが僕達の赤ちゃん」 「あぁ、あんたと同じ綺麗な緑髪だよ」  私はそっと白妙に赤ちゃんを抱かせた。 「あったかい。あったかいね」 「で、この子の名前だが、四葉なんてどうだろう。この子には私達の何倍も幸せになって欲しいからな」 「四葉。四葉か、うん。いい名前だね」  そう言って白妙は静かに涙を流した。
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