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出会編
とあるオフィスで何か言い争っている声がする。
30代の男とその上司であった。上司に対しても男はとても口調が強くら起こるたびに目がキッと強くなり吊り上がって細くなる。
「課長、いくらなんでも営業、プレゼン未経験のやつを同伴だなんて」
「まぁ、落ち着け」
男の声が響く。広いオフィスフロアーだが人はまばら。声がしてもそこにいる人々は黙々た仕事をこなしているためあまり関心のないようである。
この会社はリモートワークも可能のため半数以上がオフィスに来ていない。会議もビデオチャットで繋がり、出勤しなくても仕事が成り立つと一部の社員には好評である。
このオフィスはベクトルユーというシステム構築やネットシステムなどを企画運営する中堅の会社。今や全国に支店があるが、この場はその本社である。
先ほどから言い争っていたのは本社の課長と営業担当の古田であった。
古田は幅広いコネクションと巧妙なセールストークで社内でも一二を争う営業マンであり、口からどんどん言葉が出てくるのだ。
「いや、私も不安だが先方からの要望で何故か鳩森にも来て欲しいと言われたんだよ。彼の提案を詳しく聞きたいと」
「なぜに鳩森の意見が……まぁSEとしては腕はいいのですが根暗でビデオ会議でさえも挙動不審……」
「しょうがないだろ、先方の要望に合わせないと……メインは君がやればいい、やつはただの同伴……あっ」
二人の目線の先には:鳩森寧人(はともりよしと)。ヨレヨレのスーツにボサボサの髪の毛で目を全く合わせない挙動不審さ。
そして滅多に出勤もせず家で仕事もして極力家からも出ない寧人は久しぶりに電車通勤したともあり、道に迷ってしまって時間も遅れてきたのだ。
「おい鳩森っ、もう少しまともなスーツなかったのか? まぁいい、時間がない」
ヨレヨレのスーツを正し、曲がったネクタイをきっちりと結び直されても寧人はボーッと立ったままである。覇気もなく棒のように立ち尽くす。全て古田に任せてしまっている状態である。
古田もなんでこんなことをいたからしなくてはいけないのかと呆れる。髪の毛もトイレまで連れて行き、自分のブラシで丁寧にといてやり、少しはまともになったのだがもともと癖毛の寧人の髪の毛は時間が経つに連れてまたうねってしまう。それには古田はお手上げである。
寧人はオフィスに来るのはほぼ久しぶりで場所がわからずここでも迷子になっていたようだ。もう子供のようである。間違えば不審者として警備員から追い出されかねないのによくもオフィスまできたものだと古田は反対に関心してしまうほどである。
「よし、行くぞ。営業車のある駐車場までいくぞ。わかるよな、場所は」
「あ、はい……行きましょう」
全く寧人は古田の方を見ない。声にも抑揚がない。
「おいお前、大丈夫かよ」
「多分大丈夫……です」
「粗相のないようにな!」
「は、はいっ」
帰ってきた声は裏返っている。古田も口調がきついが頼りない返事の仕方にさらに不安を覚えてしまう。
古田は心配になりつつも慌てて挙動不審の寧人を連れて共に車に乗った。
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