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寧人は財布から名刺を出した。とりあえず名刺はある。だがそれは大学の時に授業で作ったものである。だからちゃっちくて会社のロゴは今のものではない。
「鳩森寧人……はともり、よしと……なんて呼ばれてるの」
「あまり人と話さないし、友達もそんなにいないからアダナとかはないよ。ふつーに鳩森さんとか……」
「じゃあ寧人って呼ぶから僕のこと一護でいいよ」
「よ、呼び捨てでいいのか……イチゴ……」
下の名前で呼ぶのはせいぜい親くらいであると寧人は思った。
それに寧人、読みにくい名前でもある。その名前のせいでどれだけいじられたか。それも引きこもりの原因の一つだ。
一護は先ほどよりも寧人に馴れ馴れしく話しかける。寧人はあまりそれはよく思わないようだ。
「てか、一護……くん……一護、でいいのか。君は仕事はいいのか」
「だから気にしないで。フードジャンゴはフリーの配達員が自分の裁量で仕事やってるから。あとこの辺の地域は子供が休みで外出られない主婦層が多くてたくさん配達員も増員されてるし、みんな仕事が多いからとこの辺狙っている」
「でもその中で俺みたいな独身一人暮らしの買うものは麻婆丼一つ……へんなのに当たってしまって……」
寧人はまたネガティブ。しかし一護は笑う。
「もー、またまたぁ。しかも二回もあたるって奇跡。このご縁大事にしましょうよ。寧人!」
「なんか呼び捨て嫌だな」
「いいじゃん、いい名前だよ!」
とガシッと手を握られる。もちろんこんなことになれない寧人はまたあたふたする。すると一護が部屋を見渡す。
「まずは部屋をきれいにしましょう。あ、よかったら僕片付けるから仕事はそのままで……てかその髪も髭も伸びっぱなし、てロン毛の僕に言われるのもあれか」
「別に誰と会うこともないし、もうすぐ理髪店に行く……」
「僕美容師、ていうか美容院のオーナーだから」
「へっ?」
「ちょっと運動したくってさ、空き時間に自転車漕ぐついでに、副業と体力づくり。一石二鳥! 応募も簡単にできたし、おかげでこれ始めてから5キロ痩せたんだよ」
にかーっとまた一護は笑う。よく見るとすらっとした背丈に程よく筋肉のついた体型。たくましい脚。スタイルが良い。5キロ太っていた頃が想像ができない。まだ肌を引き締めるつもりであろうか。身長が高いのもあり、完璧である。
顔も整っていてモデルと言ってもおかしくない。美容師ということもあってか美意識も高そうである。
「てかさ、お願いっというかさー……ここでしばらく家政夫として雇ってくれる?」
「は?」
一護が手を合わせて寧人に頭を下げた。テヘッとする顔が憎めない。
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