コスメカウンターの魔女

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やめれば良かった。入口に陣取るコスメカウンターに、僕の姿を認めて嘲笑を目に浮かべるBAさん。でも引き返せない。下を向くのも悔しくて、少しだけ視線を落として歩き続けた。いつもみたいに、また涙がせりあがってくる。でもひたすら歩き続ける、目的のショップはないのに。だってたまたま駆け込んだデパートだったから。 「こんにちは」 そう声をかけられて、顔を上げると某有名コスメのカウンターだった。 「新商品が発売されたので試されませんか?」 どうしよう、黙り込んでいるとニコッと笑ってBAさんが小声で耳打ちした。 「少し涙で崩れちゃったね。直していきませんか?」 少し迷ったけれど、BAらしきお姉さんにうながされて、カウンターの席に座った。はじめての、憧れのカウンター席。白雪姫に出てきそうな、繊細な細工の美しい鏡が置かれている。 「マスク外すね」 鏡越しにティントで染まった唇が見えて、一気に恥ずかしさが襲ってきた。 やめれば良かった。またそう思った。  それなのに、意外な言葉が降ってきた。 「マスクしててもティント入れてて偉い!マスクしてるからって唇ノーマークの女の子も多いんだよー。色は別の色が似合うよ」 え?と思って目をみはる。ささっとティントを落とし、顔全体に化粧水を馴染ませると、下地、ベース、ハイライト・・・と手際よく塗っていく。「はい、目を瞑って!」ラインをひいてカラーを入れる。 「はい、鏡見て?」 恐る恐る目を開けると、女性には見えないものの、僕の顔を引き立てる絶妙なメイクが施されていた。 「女性は雑誌やメイク動画で勉強できるけど、男性はまだまだ参考になるものが少ないですよね。我流で違和感が出ている男性見ると勿体無い!って思っちゃって」 まだ鏡を見て呆けている僕に、メモを一つ渡してくれた。 「今日使ったコスメとカラー書いたから良かったら参考に」 鏡越しに、微笑むお姉さんと目があった。 「有難うございます!」 「いいえ、こちらこそ有難うございました。はい、泣かない!メイクが落ちます!」 パチパチと目を瞬いて涙がこぼれないようにする。 「お姉さんに声かけてもらえて嬉しかったです・・・」 うふっ、と言ってお姉さんが言う。 「お姉さんて歳じゃないのよ〜でも有難う。うちのコスメを使うと二十歳はサバ読めます☆」 二人で一瞬見つめ合って、ぷっと噴き出した。
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