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 その日はたまたま気分が良くチョイと講義を受けてみようかなどと思い立ち朝から戸塚へ向かいその帰りに偶然本庄さんと会いそのまま昼食を共にすることになった。 入ったのは手近にあった定食屋。 ちょうど昼時と言うこともあり客はバンカラ風の学生ばかりで活気があった。 本庄さんはこの手の店では必ず煮魚を食べるのだがこの日は違った。 「本庄さん、注文何にしますかイ」 「生姜焼き定食。お前も食うか?」 「は、はい」 驚いた。普段はどれだけ進められても肉食は堕落だと言って食べようとしない本庄が自ら進んで肉を頼んだのだ。  珍しいこともあるもんだと思っていると店の奥の席から何か言い争う声が聞こえた。それはだんだんと罵声に、怒声になり皿の割れる音等も混ざり始めた。本庄は特段気にする様子も無く本を読んでいたが私は気になり野次馬に混ざった。 野次馬の中心には大柄なバンカラ風の学生と気障ったらしい黒のインヴァネス を羽織った小柄な男が取っ組み合いをしていた。 とはいえ、状況的にも力的にも学生男の方が圧倒的有利で傍から見れば一方的な暴力にも見えなくは無い。 堪らず手を出そうとしたとき小柄な男が学生男の耳元で何かを囁いた。学生男は顔を真っ赤にし、このくそったれがと殴りかかろうとした。 が、その拳は振り下ろされなかった。 見れば学生男の手首を本庄さんが掴んでいる。 「君、日本男児として恥ずかしくないのか」 本庄さんは顔が広く野次馬の中にも顔を知っている人間が何人かいる。 そういった人間が学生男を促し学生男はチクショウと捨て逃げていった。  野次馬は次第に捌け店には健全な喧噪が戻った。本庄さんは女将に損害分の支払い等の交渉をしている。それを横目に小柄な男に声を掛け手を差し伸べた。 「君、大丈夫かい?」 が、手を振り払われ一言。 「触んな。」 長い前髪の隙間から睨め付けられ思わず謝ってしまった。しばし気まずい雰囲気が漂った。 女将と交渉が終わったのか本庄さんがこちらに歩み寄ってくる。 「君も君だ。こんな所で喧嘩するだなんて一体何を考えて…」 言葉が途切れた。 のちに聞いた話、本庄さんは彼と既知の仲だったらしい。 何も知らない私はただただ二人の間にただならぬ関係があるのではと邪推していた。
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