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ジワリーと、汗をかくほど、暑さの残る9月。
昨年はもう少し涼しかった気がするのだが…しかし、今年は何においても異例がつきものである。このぐらいは普通なのかもしれない。
「…あつい…」
しかし、その暑さゆえに汗をかいているのではなく―いやまあ一因を担ってはいるのだろうけど―車内にいるというのが、一番の理由だろう。
もう少しで降りるからと、エンジンを切っているから、冷房もついていない。
「……ふぅ、」
それと、嫌な汗の原因はもう一つ。
多分これが、一番の原因。
「はぁ…やだなぁ…」
今日、私は人生で初めて、バイト、というものに挑むのだ。―人生と言えるほど、生きてはいないが、短くとも生きた今までがある。
なぜか、無駄な緊張に襲われて、嫌な汗が止まらない。
「……」
そもそも私が、バイトをする必要に駆られたのは、この7月に仕事を辞めたからである。
私は、大学卒業を控え、色々な責任とか(3兄弟の一番上なので)重圧とか、世間の目とか―対して気にしなくてもいいようなことを気にかけて。
自分がやりたいわけでも、向いているわけでもない―たった一つ、まぁできるだろうとか言う、甘えた理由で、地元の個人営業の会社に就職した。(ここで大手の企業を選ばないあたり、私らしい。)
それが、2年前の春。
何も知らぬまま、何も目的を持たぬまま、社会人になった。
だから、そんな適当極まりない理由で決めた会社で、自分が続いていけるわけもなく。そんなのは、分かりきっていたことなのに。
世間一般で、3年は続けろと言われるのに、1年と4か月で、仕事を辞めた。私的にはむしろ、1年よく頑張ったものだと、褒めてほしいぐらいだったりする。仕事をしている最中に体調を崩すなんて、毎日のようにあった。けれど、無駄な見栄で、それを伝えたりなんかしないで、隠し通して仕事をして。休みの日には1人家で、死んだように何もできない。そうしているうちに、精神的にも支障をきたしていった。
一度だけ、限界がきて、倒れてしまったけれど、そこで仕事を辞めなかっただけ、いいものだろう。けれど、1年とちょっと、限界がきてガタがきて、仕事を辞めた。
それから少したって。お金というものは、どうやったって、生きていくうえで必要になるので、稼ぐために、人生で初めてバイトをすることになったのだ。
過去、私は、他の大学生が、同級生が、バイトに明け暮れていた日々に、学業に専念…というわけでもないが、終ぞバイトなぞすることなく、その学生時代をあっさりと終えていた。高校は、バイト自体が校則で禁止されていたので、そもそもバイトをするという選択肢すらなかった。
だから、バイトなんてしたことないし。するという思考を持ったこともない。
「……」
それも、前の仕事が続かなかった一因だったりするのだろうか。―なくはないだろう。だって、仕事のやり方も、職場の人間との付き合い方も、その折り合いのつけ方も、何も知らなかった。―と、こうしてほかの何かに責任転嫁をしてしまうのが、私の良くないところで、良いところだと思っている。何せ、考えすぎるというのも、考え物だろう。
精神的によろしくない。
「っふー」
さて、初めてのバイト。
そもそも、人と関わることそのものが、嫌いで、苦手なのだ。そんな私が、仕事をする、誰かの何かの為に働く、ということ自体が向いていないし、非効率的である。もっと、世の中には適任は居るだろうし、何で、不適合な私がこんな事をしないといけないのだ…。
しかし、そうは言っても。今、生活している、息をしている、この世界は、社会は、そういうのを許してはくれない。許容など、許してくれるなど、ましてや保護など、絶対にしてはくれない。
「……」
だから、仕方なく、初バイト。
大手チェーン店の、レジ打ちとか、階だしとか、店内清掃とかそういうことをする…らしい。知らない。応募要項には、そう書いてあったし、面接(これもかなり苦労した)の時にも言われた。あまり信用はしていないが。
そもそも、他人を信用なんて、できるわけなかろう。
「……」
そして今。出勤時間の10分間に到着。こうして早めに行動する癖だけはつけていてよかったと思う。反面こうやって無駄に思考する時間ができてしまうから、必要以上に疲労してしまう…と思うので、もう少し、ゆっくり行動してもいいか、と思わなくはない。
「ふぅ…」
相も変わらず、社会を1年経験したにも関わらず。他人と関わる、人と話す。赤の他人と。店員と。客と。―それが、とてもとても、苦手で、億劫で、大嫌いである。
「……」
うまく動けるのか。迷惑をかけるだけではないのか。邪魔にならないか。
不安と緊張と、疲労と…。毎度毎度、こういう場面に突き当たると、こうして。心が、身体が、支障をきたす。
「……、」
心臓がうるさい。どくどくと、鼓動が速まるのが分かる。
「……、…、」
呼吸が浅くなりそうになる。首を絞められているような感覚。
「…、…」
気持ちが悪い。吐き気がする。ついさっき食べたものが、出てきそうになる。胃液がせりあがってくるのを感じる。―なぜか口の中に血の匂いが充満する。手汗が酷くなってきた。
「…、、」
吐き気…頭痛……吐き気…吐き気…頭痛血の匂い…
「っ―――、」
仕事の度にこれだと、ホントにしんどい。他人に伝わりずらいのだ、私のこれは。何せ全部、気のせい、で済ますことはできる。―全く、命がいくつあっても足りない。この数分で寿命縮んでる、絶対。
「っふーー」
深呼吸。手元のスマホを開き、時間の再確認。なんとまぁ。あれこれ考えているうちにそれなりの時間を食っていたようだ。―ん。そろそろ行こう。
不安でしかないが。不安で、不穏で、嫌なことしかないが。やるしかない。死にたくないなら、やるしかない。ここでやらないという選択肢が生まれないだけ、マシだろう。
「さて…」
車から降り、鍵をかけて、駐車場に足をつける。
―頑張ろう。初バイト。
口先だけでも、自分を鼓舞する―ふりをする。大丈夫だ。なんだかんだと、今まで何度だってやってきた。できてきた。それに、今日は初日だから、色々説明するだけだろ言っていた。そこまで不安になる必要はない。平気だ。急に「あれをやれ」なんていわれることはないだろう。前職と違って、大手のチェーン店だ。大丈夫。大丈夫。落ち着け。
「…、」
店に到着。ほんの少し遠いところに停めたのだが、考えながら、言い聞かせながら歩いていたせいで、早く着いた、ように感じた。
「……」
初めてのバイト。優しい人たちだと良いな…。
それから無事に…まぁ無事に、初日を終えた。多分。
「疲れた…」
事前に言われた通りに。あれこれ業務内容や、店の設備などを、早口で軽く説明されて、最後に少しだけ実践して。
「……」
やはり、他人と話すことそのものが、嫌いなのだが。始まってしまえば、事が動いてしまえば、仕方がない、と割り切れる。私はそうやってきたのだ。どーってことはない。
「…」
まぁ、その後、倍以上の反動がきてしまうのだが。
「……」
やはり、初日とはいえ、疲労がすごい。仕事とはこういうものだと、自分の言い聞かせるしかない。
―やるしかない。これからも、初バイト。
……これで、世間が、いかに私が、仕事不適合かを思い知ることを、切に願おう。
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