みらいせかい

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 もうどのくらいの人をこの手で殺したのだろう。そんな事もわからなくなっているけれど、別に不服なんて一つもなかった。俺にはそんな感情なんてもう無いのかもしれない。 「次の目標で殺しは終わりになるから宜しくね」  いつも通りの指令をする彼女からの言葉だった。でも、普段の冷静さは今日の彼女にはなくて若干さみしそうにも思えていたが、それを俺は言葉にすることもない。 「解りました」  普段通りに返事をするだけ。しかし、彼女はその時に変な顔をした。 「あたし達はもう随分と付き合いも長いのにそんなしゃべり方なんだね。君の事だってなにもしらないし」 「別にそれが仕事なので」  もう彼女とはこの暗殺業を三年は一緒にしている。その間はずっと連絡事項ばかりで、雑談なんかはしたことがなかったが、最後となるから彼女はそんな事も気にしたのだろう。 「聞いても良いかな? 君の生まれ育ちとか。もちろん、君の疑問には答えるよ。最後になるんだから」  やはりそうだったみたいだ。それにしても今日の彼女はかなり饒舌でもある。普段は冷たい印象ばかりなのに、今話をしていると不意に笑顔の片鱗さえ見えている気がしていた。  断る理由もなかったので、俺はコクリとうなずくだけだった。  しかし、彼女は許されたと思ったのだろう、やはり顔が明るくなった。 「じゃあ、基本的情報として生まれ育った環境はどうだったの?」 「酷いもんです。親には捨てられて施設で育ちました。そこだって満足な生活はできない。戸籍だって曖昧なんですから」 「まあ、この国じゃ良くある話かもしれない」  話始めると彼女は適度に相槌の様な言葉を返している。それが、至って普通の人間同士の様な気がしていた。 「施設が潰れて、路頭に迷って、学歴のない俺にはまともな仕事なんてなくって、選べるのは普通の人が避けるようなことでした」 「それって、犯罪的な?」 「盗みなんかは始めのうちは収入源でしたね。それからはとある組織に認められ、暴力を。そして貴方に見つけられて殺しになった」  きっと彼女の知っている世界とは違うだろう事を話したのに、彼女は驚くこともなくて「ふーん」なんて言葉で返してる。 「じゃあ、次。君から質問してみて?」 「なんでも良いんですか?」 「そう言われると怖いけど大抵の事は答えるよ」  一瞬確かに彼女は笑顔になった。僅かなものでは無くて確実に楽しく笑っていた。 「貴方は子供のころはどんな人だったんですか?」 「そんな事かー。うーん。どうだろ? 普通の家庭の子で、普通に学んで、普通に育ったと思ってる。泣き虫だったけどね」 「泣く、んですか?」  俺にはその意味はわからなかった。もちろん今の彼女が泣くような人には思えないからでもあるが、自分が泣いた記憶がないからだ。 「そりゃ泣くよ。今でも」 「そうですか。俺は泣く気分ってわからないんで」 「泣いたことないの?」 「そうですね」 「それは希少動物だ」 「そんなことはどうでも良いですよ」  なんだか普通ではない自分の事が照れ臭くなってしまったので話を進める。 「次の質問はー」  なんだか彼女が質問を続けている様にも思えたけれど、そんな事は気にしないで居ると、彼女は楽しそうに語り始めたのに、その言葉はため息の様になって彼女は真剣な表情になっていた。 「君は人を殺してどう思うの?」 「べつに。殺される人間なんてなんらかの理由が有るんでしょ。だったら要らないものとして掃除だと思うようにしています」 「そっか。それで、目標には殺される理由があるかどうか、ってのは知りたい? 次の質問にする?」 「そうですね。聞かせてくれるのなら」  これまで目標に対しての情報なんてほとんど受けてなかった。殺すために必要じゃない情報なんて要らないから。 「これまで殺してきた人たちは、とある毒物の研究者たちなの。実は彼らはとても強力で世界を簡単に滅ぼせる毒を作ってしまった。だから、その研究を知る人間を、毒を作らせない為に貴方に殺してもらってたんだよ」 「それはまた悪人なんですね」 「そうでもないかもしれないよ。彼らは偶然に毒物を作ってしまった。けれど、それを使う事もなく危険だとして研究を凍結してしまった」 「だったら、殺す必要なんてないんじゃないですか?」  俺が聞くと彼女は強く首を振った。 「こんな世の中だから、毒物が存在する事が危険なの。研究は書類だけでなく記憶も全て消さないと。誰かに利用されたら世界が終わる」  そんなものかと俺は自分ではわからないが、彼女はとてもまっすぐな目をして前だけを見ていた。恐らく彼女は前では無くてこの世界の未来を見ていたのだろう。 「君は、そんな事を聞いて殺す必要はなかったと今でも思う?」 「そんな事は有りません。俺にはその毒物の恐ろしさがわかりませんけど、貴方が言うならその通りなんでしょ」 「おぉ! なんだか信頼してくれてる気がしてうれしいな。では、次の質問へ」  テンポよく彼女が話を振ってくれるので普段よりもずっと話しやすかった。 「なぜ、人殺しの指示をしているんですか?」 「それは、核心だね。んー、答えるけど、それは仕事が終わってからにしない?」 「構いませんよ」 「じゃ、あたしからの質問。君はまだ人殺しを続けるの?」  ちょっと考えてしまった。彼女からの依頼料はかなり高額でこの三年は国のエリートの倍くらいの年収になってしまっている。もうそんなに金に困る生活はしなくてもすむ。しかし、他に仕事なんてしたことがないから続けるしかないのかもしれない。  そう答えようとして彼女の事を見ると、丸々とした彼女の瞳に吸い込まれる様な気がして、今の返事がなくなってしまった。 「解りません。お金はあるからどうにかはなりますが」 「じゃあ、今からでも勉強して人に言えるような立派な仕事をしたら?」  そんな事は夢なのかもしれない。もう俺の階級は最低レベルなのだろうから、これから這い上がれる気がしない。  それでも彼女はこんな俺の未来の事を楽しそうに夢見ていた。 「では、こちらからの質問です。貴方はこれからどうするんですか?」 「さあ。どうだろう。っと残念。仕事の時間だよ」  結構深く考え始めた彼女だったが、ふと思い出したように言い出した。ちょっと逃げた様にも思えたけれど、それは気のせいかもしれない。  殺しの時に彼女は俺の周りにはいない。だから今日も彼女は俺のもとから離れて目標の現れる場所と人柄だけを教えていた。  暗殺と言えどそんなに難しいものでは無い。人気のないところで単に人を殺すだけ。時と場合が良ければだれだってできるだろう。そして今日もそれらは揃っていた。  暫く待っていると、彼女の言う通りに目標と思われる人物が現れたので、俺は拳銃を持って気づかれない様に近づく。狙いを定め、撃つ。人間なんて簡単に死ぬもので、別に頭や心臓なんて狙わなくても大きな胴体に着弾すれば、銃弾が内蔵を破壊して雑菌をばら撒きそのうち死が訪れる。  俺の撃った銃弾は目標の腹部を貫通して、血しぶきが舞ったのを確認できた。もうかの人物の命なんて数十分だろう。止めをつけても良い。だから余裕もあるので俺は目標の死を確実にするために倒れている人へと近づいた。  しかし、その時見た目標の人物は意外な人だった。 「驚いたかな?」  それはさっきまで一緒にいた彼女だった。 「どうしてこんな事になるんです!」 「最後の目標はあたしだからだよ。心配しないで。報酬はちゃんと払ってあるから」 「そんな事はどうでも良いです。病院に急ぎましょう」 「この近くのヤブ医者じゃ救からないよ。貴方だってそのくらい知ってるでしょ」  確かにこの辺りは貧民街なのでロクな医者はいない。それもわかって暗殺場所としては好都合だったのだった。 「あたしも研究者の一員だったの。危険だと分かった時にはもうこの計画を立てていたんだ。もちろんあたしの死も含めて」 「喋らないでください。まだ救かるかも」  止血をしてもどす黒い血は次から次へと溢れてしまう。救からないというのはわかっていたが、それは認めたくはなかった。 「どうしたの? いつもの暗殺だよ。今更罪の意識にさいなまれるんじゃないでしょ」 「貴方には死んでもらいたくないんです」 「さっきの質問の続きをして良いかな? もしかして君はあたしのことが好き?」  苦しいだろうに彼女は笑いながら話していた。 「好きです。これまで人の事なんて好きになったことは有りませんでしたけど、これだけは確実に言えます。貴方に死んでほしくない」  俺の言葉を聞いて彼女は微笑んでいた。とてもきれいな笑顔で。 「じゃあ、お願い。キスして」  彼女が自分の血で真っ赤になった手を、俺の頬に添えて願っていた。冗談でも、戯言でもない。それは彼女の瞳を見ればわかった。  顔を近づけ、そっと彼女の唇に重ねた。その時にしっかりとした熱が伝わったがそれも、すぐになくなってしまうだろう。 「死なないでくださいよ」 「まだ泣いちゃだめだよ。悲しい時に泣くのなんて無し。泣くのはうれしい時にだよ」  段々と彼女の言葉までも弱っている。もうそんな僅かな力さえ残っていないのだろう。  俺はこの場で自害を選んでも良いと思っていた。これまで知らなかった愛を教えてくれた人と一緒なら死なんて怖くないと。  拳銃を手にもって自分の顎へと近づけた。その時に彼女がそれを止めていた。 「ごめん。君は死なないで。お願いがあるんだ」 「なんですか? 聞きますから!」 「これからの未来世界を見守って。悪いことばかりでもしかしたらあの毒物を発見されるかもしれない。そんなことのない世界を望んでいるから。君にとても美しくて華やかな素敵な世界を送りたい」  言葉は途切れてしまって彼女の手は完全に力をなくしてしまった。  もうそれは八十年以上前の出来事になる。あれから俺は生きる事を選んだ。彼女の願いだったから。  殺しで得た金で勉強をして、薬物研究に専念することができ。彼女たちの作った毒物が再発見されないことを確認しながら、解毒できる方法を探していた。その研究はあらゆる毒に対して解毒能力を得ることが出来た。  そんな頃にもう自分の命の残りが少ないことに気が付いた。彼女はまだ待ってくれているだろうか。それだと嬉しいのに。  死からの頬には涙が流れていたのは待ってくれていた人が居たから。 おわり
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