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閉廷
今日、私は誰もいない法廷を眺めていた。凄惨な事件の記録はこの世界には存在せず、ただ、私の記憶に残るのみだ。
「前世の遺恨を晴らせたようだな。満足したか?」
声のするほうに目を向けると、そこには恐ろしく毒々しい風体の者がいた。前世では目隠しで見えなかったが想像通りの姿だった。
「ああ、悪い気分ではないな」
「残念だ。たいていの人間がこの能力を私利私欲に使い、我々の手に堕ちるのだがな」
「そういうことだと思ってはいたけどな」
「ちっ、骨折り損だったぜ。次は愚者を標的にしないといかんな、それじゃああばよ」
異形の者は苦笑いを浮かべて目の前から姿を消した。もう二度と会うことはないだろう。
私はひとり帰路につく。
混雑する駅の改札を通り過ぎた時、知る横顔が目に入った。あの浜崎雄太だった。
壁にもたれかかり誰かを待っているような様子。
足を止め遠巻きに見ていると、彼のそばに駆け寄る人物がいた。
丸山幸一だ。
とたん、浜崎の表情がぱっと明るくなる。
浜崎は丸山の予備校が終わるのを待っていたのだろう。肩に手を回すと、丸山の顔に照れたような笑みが浮かぶ。
いい光景だな、と見ている私も心が温まる。
ふと浜崎の視線がこちらに向けられる。浜崎ははっとした表情になった。
私はすぐさまきびすを返し人混みに紛れ込む。追う足音が聞こえたが、すぐに喧騒にかき消されていく。
彼は私のことなど知らなくていい。
なぜなら彼が裁かれるべき罪など、もうこの世界にはないのだから。
【了】
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