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彼の行動はやはり想定通りだった。私は腕の力を緩めて浜崎に言う。
「多くのひとの命と引き換えにひとりの命を奪っても、皆の苦しみが消えるわけじゃない。私は君の書き換えた未来を知っているのだから」
浜崎は目を見開いて驚きをあらわにする。それから怯える丸山にそっと語りかける。
「浜崎君は君の中にある狂気が暴走した未来を知っている。だから君を殺してまで皆を救おうとした。そのひとの言葉に耳を傾けなさい」
丸山は常識を超えた展開に狂気が削がれ呆然としている。けれど言葉は届いているようだ。
それから浜崎は狂気が暴走した未来を、私は浜崎の自己犠牲の未来をとつとつと語った。
事の顛末を知った丸山は感情を崩して泣き出した。自身の狂気が生み出す凄惨な未来が恐ろしくなり、また友人に対する呵責の念をも抱いたようだ。
浜崎はそんな丸山の背中を優しくさする。
その様子を見て、もう大丈夫だと私は胸をなでおろした。
人間は神と悪魔の間に浮遊する、とは言い得て妙だと感心する。浜崎の殺人の動機は、まさに哲学者パスカルの名言通りだった。
「では、私はこれで失礼する。はじめてで最後の経験だったが報われて幸いだ」
「「あなたはいったい……」」
「忘れなさい。この未来では、私はふたりの人生に不要な人間となるはずだ」
そう言い残し、私はふたたび手を掲げ、拳を握り締めた――。
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