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輪廻
★
私はかつて冤罪で処刑された者のひとりだ。
刑場で目隠しをされ、縄が首に巻かれた。ひとりきりになったとき、隣から声が聞こえた。
地の底に沈むように深く響く声。それは異質な存在なのだと私はすぐに気づいた。
「お前は死ぬ運命にないはずの人間だ。だから黄泉はお前を拒絶する。死後、すぐさま生を受けることになるだろう」
「死神か……?」
「ご名答。だが我々にも慈悲はある。不条理な死の慰謝料とでも思ってくれ。それは――」
その言葉が終わると、首に衝撃が走り、私の命は垂れて潰えた。そして目覚めた。
物心ついた時、かつての記憶が残されていることに気づいた。死神が私に贈った「慰謝料」の条件もまた、脳裏に焼き付けられている。
一、過去に戻るための力を与える。だが使えるのは一度だけ。二度目には死が訪れる。
二、この能力を持つ者は、塗り替えられる前後の世界の記憶をともに有することができる。
三、この能力は己の利益のために使ってはならない。
私は新たな人生で裁判官を目指した。私のように冤罪で裁かれた人間を救いたいがためだった。
そして今、法廷の最も高い位置に腰を据えている。
そう、私には浜崎の告白は真実なのだという確信があった。なぜなら彼が証言した通りの、塗り替えられる前の記憶があったからだ。
本来、今日は大量殺人の被告人である、丸山幸一の裁判が行われる予定だった。世論は死刑の判決を望んでいたし、そうなるはずだった。
けれど直前、丸山幸一は拘置所で絶命したと連絡が入った。私はやりきれない思いを抱えて準備した資料を片付ける。
すると突然、記憶の上塗りが起きた。あらたな裁判の予定が組み込まれたのだ。事件の全貌を記した資料はすべて書き換えられていた。
私はすぐさまその資料に目を通す。記された名前に目が留まる。
そう、被告人は丸山幸一の友人、「浜崎雄太」だった。被害者の欄に「丸山幸一」とあった。
だから私は浜崎雄太が丸山幸一の犯罪を帳消しにするために、親友を殺して未来を塗り替えたのだと悟った。
裁判に先だって確認したドライブレコーダーの映像には、確かに浜崎の姿が記録されていた。
彼は歯を食いしばり、頬には大粒の涙を滴らせる。嗚咽の中に、かすかに聞き取れる声があった。
「ごめん、君を救えなくて。だから、こうするしかなかったんだ……」
そしてナイフは振り下ろされ、あたりに血しぶきが舞う。カメラの映像が紅に塗りつぶされた。
だから私は、この裁判は浜崎雄太を救うためにあるものと信じてやまなかった。
彼の詳細な証言は、私がすべきことを明確に伝えていたからだ。
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