最後のシチュー

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麗美は仲直りできただろうか。 私は刑務所に収監されたが、誰も面会には来ない。 私は面会を拒絶し、誰も来ることができないようにしたのだ。 理由は単純だ。 私は麗美に隠していることが二つある。 もし今麗美が面会に来たら、私は話してしまいそうなのだ。 ひとつめは、私は麗美に対し好意を抱いていたこと。 私は麗美の成長を見守るうち、自分の手で幸せにしたいと思うようになっていた。 だが、こんなに年の離れた私だ。妻に見捨てられ一人になり周りに邪険にされてきた嫌われ者の私が、麗美に見合うはずもないのだ。ずっと心の内に秘めていた。麗美は今さらこのような死にゆく者の心情を知っても、困り果てるだけだろう。だから、よいのだ。知らない方が幸せなこともあるだろう。 ふたつめは、山崎は生きているということ。 あのとき、私は麗美の母と口裏を合わせ、彼を殺したと思い込ませた。 麗美は山崎のことを心から信頼し、愛していた。 そんな麗美が山崎の本性を知ったとき、もう誰のことも信用できなくなると感じた。 だから私は精肉店で廃棄する肉を大量にもらい、それを袋に詰めた。 私が洗っていたのは、血糊の付いたシャツだ。 麗美は私が人殺しになることで私を恨み、山崎のことを忘れてくれると思った。 だが麗美は心を壊しても私のことを信用し続け、私を頼ってくれた。 ありがとう。 …人の記憶というものは案外凄いものだ。 こんなにも鮮明に麗美と過ごした日々が蘇る。 もう一度だけ謝らせてほしい。 麗美、最後まで一緒に居られず申し訳ない。 去っていった妻よ、大切なことに気づくのが遅すぎてすまなかった。 そして、大切なことを何も教えることがすまなかった。息子よ。 さようなら。 私が今日死ぬことを知ったのは、たった一時間前だ。 最後に麗美、お前のことを思い出せてよかった。 最後の晩餐にはシチューを選んだ。 だがここのシチューは、私にとっては味が濃すぎる。 麗美、お前もそう思うだろう?お前のシチューが食べたい。 さて、そろそろ行かねばならない。 看守が私のことを呼んでいる。 私の首を吊るこの輪は、私の罪を洗い流してくれるのだろうか。 完
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