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guess hitter
「シュンくんはね、小説に登場するキャラクターなんだ」
申し訳なさそうに俯いたまま、ミユが続けた。
「私が一番好きな小説家、知ってるでしょ? その作家さんの最新作で主人公が好きになる相手なんだけど、とにかくツボで。私、オタク歴長いのに一度も推しが亡くなったことはなかったんだ。そうなった人を見てかわいそうだな、って思ったことはあるけど、甘く考えてたみたい。こんなにもショックだなんて知らなかった」
言いながら、ミユが湯飲み茶わんのふちを指でなぞる。
「推してる作品が終わるたびにオタクは卒業しようって思うのに、どうしてもできないの。こんなになっちゃうなら、やっぱりやめるべきなのかな……」
私は彷徨うミユの視線をしっかりととらえて、話し始めた。
「私が今でも一番好きな野球選手、覚えてる?」
「うん」
「彼が亡くなったとき、私は食事もできないくらい落ち込んだ。試合を観に行ったこともあったし、ずっと応援してたから。ショックで何人かに話したんだけど、誰もまじめに聞いてくれなかった。『遠くにいる人なのにそんなにショックなの?』とか『そんな、身内じゃないんだし』とか言われて。でも、ミユだけはちゃんと話を聞いてくれたんだ。本当に嬉しくて、立ち直るきっかけになった」
あのときの悲しみは一生忘れられないだろう。そして、ミユが一緒に泣いてくれたことが、どれだけ嬉しかったか。
「誰が何をどれだけ好きかなんて、きっと本人にしかわからないんだよ。だから、落ち込んだり悲しんだりするのも本人の自由。オタクを卒業する必要なんてないと思う」
「サキちゃん……」
「ただし、誰かに心配かけちゃうのは良くないかな」
「ごめんなさい。どうしてサキちゃんはなんでも全肯定してくれるの?」
「うらやましいからかな。私は漫画とかアニメとか全然わからないし、趣味は野球観戦だけだし。いつも全力でハマれるものがあるミユは、すごいと思う」
そこまで告げると、ミユが抱きついてきた。
「推しの中にはサキちゃんも入ってるからね!」
……そうだったんだ。
「何それ、照れるじゃん」
「えへへ」
「シュンくんは何が好きだった?」
「え?」
「好きなスイーツとかある?」
「コーヒーゼリーかな」
「じゃあこれから作ろう。私、材料買ってくる。ちょっと冷やすのに時間がかかるから、その間に洗濯と片づけしよう。飲み物はチューハイでいい?」
「待って、支度するから。私も一緒に行く」
ミユが立ち上がる。私たちはすっかり暗くなった空の下に、二人でくり出した。
了
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