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おかえり
「嘘でしょ! これ死ぬ!
ノーパラシュート・スカイダイビング、マジで死ぬ!」
頬を切る風がすさまじく、轟音で自分の悲鳴すらかき消されていく。
雲はあたしを受け止めてくれそうなのに突き抜けるばかりで、その度に全身が濡れていった。
「寒ぅっ‼︎」
恐怖よりも物理的にあたしを襲う感覚の方が今は強い。会社の制服から露出してる肌が痛い。スカートだから余計寒いっ!
迫り来る地面より、貴様を凍らせてやろうかと言われてるような冷たさに、あたしはもうパニックだ。
「なんでこうなった!」
ネコのせいか?
いやきっとあの上司のせいだ。
現実逃避をしてみるも、走馬灯すら見えない。ガタガタと歯の根が合わない中、視界いっぱいに、あの青が飛び込んできた。
「うわっ。海、めっちゃキレー……!」
海の蒼と空の青が鮮やかに映り込む。
一瞬状況を忘れて魅入った。
これほどの美しい「アオ」を、あたしは生まれて初めて見た。
なぜか涙が溢れた。
あまりに綺麗なものを見たせいかもしれない。
理由なんて分からない。
ただ空が
あの海が
この光景が
おかえりと
微笑っているようだった。
「だっ、誰かっ! 助けてーーーッ‼︎」
途端、むしょうに命が惜しくなった。
あたし、まだ死にたくないっ‼︎
抜けるようなアオに必死に手を伸ばし、刺すような寒さのなか絞り出すよう悲鳴をあげた。
無我夢中で「助けて」ととにかく足掻いた。
地面が近付いてくる感覚に絶望感を覚えるも、今のあたしにはどうしようもない。
いやだな。こんな綺麗なのに、あたしが落ちたら汚れるじゃん……場違いにもそう思った時だった。
「……アンタねぇ。助けが要るならもっと早く言いなさいよ」
加速が止まる。
耳鳴りがやむ。
ああ……なんてあったかい。
羽毛布団につつまれてるみたい。
欲しかった感触に、グッとソレを抱き締めた。
もう大丈夫と言うように、それはあたしを優しく撫でる。
気付けばあたしは、石の敷きつめられた囲いの中に降り立っていた。
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