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美男美女は拝みたい
「あ、ありが……」
とりあえずお礼を、と言いかけた言葉は、目の前の人を見て音にならなかった。
──物凄い美人だ!
圧倒されてしまう、モデルのようなその容姿。
燃えるような紅い髪がとても印象的で、所々にある差し色の黄色が、鳥の羽根みたい。
スラリとした長身を、カラフルなワンピースでシンプルに覆っている。瞳は黄色という人外めいた色がまた良く似合う。背中からは髪と同じ色の翼が生えているというのに、それよりもあたしは、まさに息を呑む美しさに見惚れて言葉を失っていた。
「〜〜っ、ちょっとアンタ聞いてんの⁉︎ どこから来たのかって訊いてんの!」
つり目気味の黄色の瞳を更につり上げて、美人は言う。
美人は怒っても美しいとは言うけれど、こういう感じなのかと判った気がした。
あたしはまだ色々と混乱していて、ぼうっと見つめていることしか出来なかった。
「空から降ってくるとか……アンタまさかアテアの住人? なのにカラキアも使えないの?
あれじゃ、ただ落ちてるのと一緒じゃない」
「……あてあ? からきあ?」
震えは止まっていた。
話しかけられたことになんとか答えようとしたけど、言ってる意味が分からない。言葉は理解出来るのに、単語に聞き覚えがないっていうか。
いや、それよりも先に気になることがある。
「あの……ココ、どこですか?」
クチナシに似た甘い香りがする。
キョロキョロと周りを見渡せば、あたしは今、どこかの敷地内にいるらしい。地面いっぱいに黒い石を敷き詰めてあって、四方を同じ色の大きな石で積み重ねて生垣を作ってある。
あたしを助けてくれた美人さんの背後には、人と人が抱き合った変な石像があり、囲いの向こうは海。砂浜の奥には森がある。
煙か雲か、長く棚引く白い雲が森の遠くの方から空へと手を伸ばしていた。
どう見たって会社の外じゃない。
「ハァ? アンタ、アテアから来といて何言ってんの?」
だからアテアってドコ?
美人さんは腰に手を当て、訝しげに眉根を寄せて首をかたむけた。サラリと紅い髪が肩から滑り落ちる。
本当になんて綺麗な人なんだろう。
美人って怒っても困っても絵になるんだなぁ。
言葉もなく、あたしたちはただ見つめ合っていた。
そして一瞬、ざあ、とあたたかな風が吹いたかと思うと、森の方から誰かが歩いて来るのが見えた。
「ロンガ! コッチよ! アフの前!」
美人さんが手をあげてそう言ったかと思うと、「ロンガ」と呼ばれたその男性は、どんな速度で歩いたのか、もうその美人さんの隣にいた。
あ、あれ? 瞬間移動⁇
「どうした。何があった?」
う、わ。なんてイケメンなんだ。
年は……二十後半くらいかな。
精悍な顔付きに、良く焼けた褐色の肌。
全身に植物のツタが巻き付いたみたいな刺青がしてあって、普通ならヤンチャな印象を与えそうなのに、落ち着いた雰囲気のせいか妙に似合っている。
エメラルドみたいな緑の瞳が綺麗だった。
陽に褪せたような鳶色の短髪も、動物の皮っぽいマントも、どこか威厳を感じさせた。
「どこから来た?」
そのイケメンさんは言ったが、あたしは美男美女が並んでるだけで発生するオーラに声が出ない。
スゴい。マジで。二人とも顔がいい。拝みそう。拝みたい。
「どこから来た」
イケメンは再三訊いた。
語尾はさっきより強めで、手に持ってる妙な木彫りの……杖? をあたしに向けている。頂点に彫られたワニっぽいナニカが、舌を出して笑っていた。
初対面で茶化すのは良くないと、あたしはとりあえず質問に事実で答えた。
「さ、あ……? 自分でもよく分からなくて……。その、ネコを追いかけてドアを開けたら、なんでか空から落ちてたっていうか……」
「ネコ……?」
「ネコ?」
男性も女性も眉をひそめた。あ、あれ? あたし何か変なこと言ったかな……。「こいつ何を言ってるんだ」と不審そうに見られる。
──剣呑な空気。
探るような視線が交わされる中、かの美女が言った。
「アイツがなにかしてきたからかもしれないわ」
「……違うとは思いたいが」
「何かあってからじゃ遅いのよ、ロンガ。アレを見たでしょ? 早いとこ始末しといた方がいいんじゃない?」
「しかし、関係あるだろうか?」
「今までこんなこと、なかったわ」
「………。そうだな」
えええっ! 始末ってなに、始末って!
アイツって誰⁉︎
なにかって何⁈
それって、あたしの身元がよく分からないから殺されるってこと⁉︎
焦るあたしを置いて二人は話し合ってるみたいだけど、どう考えてもこれは嫌な予感しかしない!
「ま、待って下さい! あたし、別に怪しい者じゃないです! 自分がなんでこんなトコにいるのかもよく解ってないですしっ、そんな──!」
「「…………」」
美男と美女が眼光鋭く無言で見つめてくる。
……なんかまずいこれ。
なんかまずいヤツこれ!
あまりの不穏な空気に。
殺気のこもった視線に。
我慢出来ず、あたしは彼らに背を向けてダッと走り出した。
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