ティキのポウナム

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ティキのポウナム

 ホントにココは一体ドコなんだ! と叫びたくなるほどに、日本では見たことのない景色で溢れていた。  砂浜の先にある森はジャングルと言っていいほどに鬱蒼としていて、鳥や動物の声がたくさん聴こえてくる。  でもとにかく虫が多い。耳元でブンブンいう羽音にいちいちビクついては悲鳴をあげる始末だ。  マウイは笑ってるが、前を行くトゥリが振り返って文句を言った。 「アンタってばうるさいわねぇ。黙って歩けないの?」 「だって虫がいっぱい……! あたし虫キライだし、なんかあちこちから見られてる気もするし!」 「知らないわよ。それより、そンなしょうもないことでいちいち叫ばないでちょうだい。怯えて鳥が逃げちゃうでしょ」 「………」  だってあたし虫は苦手だもん。クモだって掃除機でなきゃ吸えないのに。  美人なのに冷たい人だな、このトゥリって人。  ……人?  そういえばさっき「精霊」って自分で言ってたよね。羽根も生えてたし。  ロンガってイケメンさんのことも「昼の支配者」とか厨二的な表現してたし。  本当になんなんだろ、ココ。  それにしたってこの人たち、よく裸足でこんな足場の悪い森の中をひょいひょい歩けるな。足のウラ切れない? 靴履いてるあたしでさえ支えるマウイがいなかったらすっ転んでるぞ。地面は濡れてるし、あちこち苔だらけだし。  トゥリに言われてしばらく黙って歩いていたけど、すぐ横の木からツタが垂れているのに気付く。何気なくそっちを見れば、チロチロと舌を出してる細長い蛇と目が合った。 「うぎゃああっ⁈」 「ああンもうっ!」  痺れを切らしたように声をあげあたしを睨むトゥリ。マウイはなんだかニヤニヤと楽しそうだ。  ……もう、見てないで助けてよぉ。さすがにもう殺されはしないと思うけど、それでもまだ少し怖いんだぞ。 「アンタねぇ……!」  怒鳴りあげる気満々のトゥリにヒッと身体を硬くした時、ずっと黙っていた先頭のイケメンマント男性が声を掛けた。 「苦手というなら仕方あるまい。これを身に付けるがいい。虫が近寄らなくなる」  そう言って自分の首から下げていた首飾りを一つ外し、すぐ後ろのトゥリに手渡した。渡せっていう意味で一旦トゥリに預けたんだろうけど、それを見たトゥリが男性に抗議の声をあげた。 「ちょっとロンガ! 得体の知れないパケハにコレは勿体無いわよ⁈」 「だが効果はある」 「解ってるから言ってんの!」  ギャーギャーと男性に噛み付く美女は、それこそ鳥の威嚇みたいだ。こんな人間に〜、とか、ロンガともあろう者が〜、とか、色々言って諦めさせようとしてたようだけど、最終的に男性が彼女の名を呟いて睨めば、彼女は溜め息をついて、あたしへと向き合った。 「いい? これを首から下げときなさい」 「え、でも……」 「ロンガがアンタにってくれたンだから受け取ンなさい。早く」  取らなきゃ殺すって形相で押し付けるもんだから、あたしはお礼を言いながら恐る恐るそれを手に取って見た。  ……なんだコレ。ヘンな形。  それは緑の石を削り出して作ったようなペンダントだった。  ちょっと首をかしげて舌を出し、笑ってる人のデザイン。ギョロと見開いた目は貝殻でも嵌め込んであるのか虹色に光っている。  その上どの角度から見ても貝殻の目と視線が合うので……少し、いや、かなり怖い。  もっとじっくり観察していたかったけど、トゥリが半眼で睨んできたので、あたしは慌ててそれを首に掛けた。  ・・・・・・。  ペンダントにしてはちょっと大きめかな。でも気休めでも虫が近寄らないなら助かる。虫のが嫌。 「お。いいの貰ったじゃん! ティキのポウナムたァ安心だな!」 「てぃきのぽうなむ?」  単語の意味が一ミリも判らん。あたしが何を貰ったって?  二人三脚のように歩いてるマウイが、ペンダントを覗き込んで気さくに言った。  それにしても近いな。マウイの素肌がずっと体の側面にくっついていて、めちゃくちゃあったかいぞ。どう考えても初めて会った人と取る距離感じゃない。  なのに……そんな嫌じゃないのはなんでだろ?  顔がいいもあるかもしれないけど、手に邪気がないからかもしれない。  肩を抱いて屈託なく笑うマウイはどこか幼く、大人の男性なのに妙に可愛い。  なんだか弟を思い出した。別に似てるって訳じゃないんだけど。 「ぽうなむってなに?」 「石のことだ。この緑の石。翡翠(ポウナム)」  ああ、ヒスイか。なるほど。そう言われたらそれっぽい。  …………あれ?  なんでいま単語の意味が分かったんだろ? 「俺様も持ってるんだぜ! ヘイマタウだ。  まっ、俺様のは翡翠(ポウナム)じゃなく骨で出来てるんだけどな!」  そう言って左耳を見せてくれた。  チリリと小さく、そのピアスが音をたてる。  あたしのと違って色が白っぽく、象牙に似た不思議な輝きを放っていた。形は釣り針に似ている。 「へぇー。それ骨なんだ。何の?」 「俺様のばーちゃんの顎の骨だ!」 「はっ、はいっ⁉︎」  人の顎の骨っ⁈  なにそれどゆこと⁉︎  そんな物、アクセサリーにしちゃっていいのっ⁈  だけどトゥリもロンガって人も驚いた様子はない。  普通か? これが普通なのか⁇  祖母の顎の骨をピアスにして笑ってるのが普通っ⁉︎  え。この世界……ヤバくない? 「そ、そのお祖母さんは今もご存命で?」 「いや? 俺様が爪全部引っこ抜いたせいで、呆れてアテアに登っちまった」  ………………。  ヤバい。  ココ、ウチの会社よりブラックなトコかもしれない。  マウイ怖ぁ。
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