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「そんな名前で呼ばれていたこともあったかもしれないです。普段は単独行動なんですけど、そこのアーロンとはときどき空で共闘していたから、顔覚えられてて。だめだぞアーロン、軽々しく俺の名前を呼んだら。引退している。今の俺は空飛ぶ素材屋リクハルド、だよ。ほら、こうして竜を手際よーくさばいてるわけだし。せっかくだから買っていけよ」
にこっ(圧)。
なぜか周囲の温度を下げる迫力の笑顔を前に、その場が静まり返る。
やがて「バラライカ?」「リクさんが?」「伝説の、あの?」「百戦錬磨の?」とアルマリネとアーロンの船の船員双方の間で騒ぎが巻き起こる。
その姦しさの中に真偽不明の数々の噂話が飛び交い、耳を澄ませていたアッカは「女に関しても百戦錬磨」のあたりで、ふるふると震えてしまった。
適当に聞き流している態度であったリクハルドだが、同じくその辺でついに「おい」と低音で声を発する。
「勘違いするな。俺は女性に対しては一途で激重だ。好きな相手は一人だけ。百戦錬磨など冗談ではない」
すかさず、アーロンが頷いて合いの手を入れる。
「そうだよね。バラライカ、そのへんは清いというか潔いというか……それでいまは?」
言うなり、ちらっとアッカに目を向けてきた。まなざしが限りなく優しい。意味を掴みかねて、アッカはリクハルドを見た。
それまでアーロンや噂話に興じる船員たちを威圧していたリクハルドであったが、アッカと目が合うといつものように穏やかな微笑みを浮かべた。
「アッカさん。竜の仕留め方が芸術的に綺麗です。破損箇所が少ないので売れる部位が多い。そんなアッカさんが好きです。アルマリネに乗っていて良かった。これからもよろしくお願いします」
「リクハルドさん、そうは言っても、自分で竜退治できるんじゃ」
「でき……ないこともないですけど、今はこっちの仕事が性に合っているので。好きです」
根が素直なせいか、何かがダダ漏れしている。追求すべきかどうか少しだけ悩みつつ、アッカはひとまず問題を先送りにすることにした。
「私も、リクハルドさんが船に乗ってくれていて良かったです。これからもよろしくお願いします」
「はい。アッカさんのために全力を尽くしますよ」
無害そうに笑って、リクハルドは竜の解体に戻っていく。
その様子を見送って、アーロンがいたずらっぽくアッカに声をかけた。
「あのまつろわぬ竜を撃ち落とし、従順に手懐けるとはさすが飛空艇姫。そこのところ、詳しく教えてください」
「ええと……ええと……時間をください」
苦し紛れに応えながら、アッカは離れた位置に立つリクハルドの横顔を見た。
(み……見てます、リクハルドさん。私はいつもあなたを)
その一言を告げたら後戻りできないことになるような予感がひしひしとあり、アッカは口をつぐむのだった。
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