1 王宮にて

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「アッカ。今日も綺麗だね」  廊下を曲がったところででかち合った相手を前に、アッカは笑みを強張らせた。  ところは王宮。相手はこの国の王太子オスカル。赤銅色の髪に水色の瞳。やや勝ち気な印象ではあるが、美男子。  遠慮のない、ぶしつけで舐めるような視線をアッカに向けてきていた。 (苦手なんだよね~、殿下。いつ顔を合わせても口説いてくるんだもん。婚約者くらい当然いるでしょうに。私はこの国での身分はあってないようなものだけど、遊びの相手と見られているのがすごく不愉快)  アッカは長い黒髪に青い瞳の淡麗な容姿もさることながら、その物腰の優美さはまさしく「姫」の如く。荒らくれ者の頭領というイメージを裏切る、瑞々しい乙女。二十歳にも満たぬ少女ということもあり、空にあれば「飛空艇姫」とも呼ばれているが、地上に下りて歩けば好奇の目にさらされ、こうした勘違い男に声をかけられることもしばしば。本音を言えばさっさと空に帰りたい。 「殿下。急ぎますので、これにて」  まつろわぬ者と人口に膾炙(かいしゃ)する身とはいえ、アッカは生活のために適宜依頼仕事を受けている。その相手は多岐に渡り、王宮に招聘されることもある。  この日は、国境付近の魔物掃討依頼で呼び出されていた。王国の正規の空軍が手も足も出ない件があるという。仕事を受けるかどうかは話を聞いてからで、無駄な時間を過ごしている場合ではない。  オスカルが行く手を塞いだことで、アッカを先導していた従者は脇に逸れて待っている。謁見室への到着が遅れれば咎められかねないだろうに、王太子相手に「陛下の客人です」と言うこともできないらしい。そのせいで、アッカ自ら断りを入れねばならなかった。  なお、完璧に非友好的態度を貫いているはずなのに、オスカルには何ほども効いた様子がない。 「会食の席をもうける。謁見が済んだらぜひ立ち寄ってくれ。今日こそ君とじっくり話したい」 「忙しいです。無理です」 「つれないことを。そうやって男を翻弄するのが君の手口か? 俺を(もてあそ)ぶのはほどほどにしてくれよ。もしかして知らないかもしれないけど、これで俺は王太子だ」  ぴし。  こめかみに青筋が立つ感覚があった。アッカがそれでも笑みを保っていたのは、ただ単に、表情を動かすことすら面倒だっただけだ。 (何から何まで勘違いですけど、どうなってるんでしょうかこの男。私を弄ぼうとしているのはそちらで、私は迷惑しているんです)  オスカルはといえば、よもや「これで俺は王太子だ」という自分の発言が冗談として面白かったのか、妙にしてやったりの顔でにやにや笑っている。  アッカは、さらに拒絶を口にしようとした。そのとき、アッカの背後に控えていた男が初めて声を上げた。
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