レンズ越しに、僕たち。

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 小高い丘を頂上へ向かうにつれて、頭上に木々が覆い被さってきた。  細い坂道をゆるやかに上っていく。無口な椎名は自転車を押して歩きながら、ひとことふたこと、お話ししてくれた。 「大学どこ受けたの?」 「いや、就職」 「そっかぁ。もう見つかった?」 「うん。印刷会社。機械回すの好きで」 「すっごい。私パソコンでもだめなのに! スマホもあんまりなんだよね。娯楽の商品にオマケでついたちょっと便利な機能なんかで、ひとの息吹(いぶき)は撮れないよ」  椎名は首をかしげて、不思議そうに私を見つめた。 「カメラは娯楽の一種じゃないんだ……内海さん、真摯(しんし)だね」  変人を真摯と呼ぶ彼の人の()さが気に入った。  「あかりでいいよ」と言うと、ほどよく日に焼けた頬がわずかに桜色に染まっていく。 「あっ、じゃあ、あかりさん」  そのとき、三月の風がひときわ強くさぁっと吹きつけた。  木々が途切れて、視界が急に明るくなる。整然と並んだ墓石が、教室の机を連想させた。  墓地には寂しい風が吹いている。まるで卒業式のあとの教室みたいに。  砂利の上に自転車を停めて、椎名は前カゴから小さな花束を取る。  手向(たむ)ける墓石には『椎名』の字が刻まれていた。  しゃがんで手を合わせる椎名の背中に、光が当たっている。  ひょろっとした身体にはサイズの合わない学ラン。ママチャリみたいな古い自転車。  大学に行かないのも、家庭の事情に気を遣ってのことなんだろうな。  私なんかより、ずっと真摯だ。なんとなく幼い弟か妹がいそうだと思った。  彼が閉じていた瞳を開けて、立ち上がるのを待って、私は訊ねた。 「そういえば、忘れ物は見つかった?」 「いや……忘れ物してなかった。朝からスマホ家に忘れてたこと、忘れてた」 「あはは! 意外とうっかりさんなんだ。かわいい」 「……あかりさん、弾けるみたいに笑うよね」  彼が目を細めてやわらかく微笑んだ。笑い方の特徴的なひと──私たちは案外、教室の隅からお互いを意識し合っていたのかもしれない。  ふと、私をここへ連れてきてくれた理由を思い出して、広がる景色をカメラにおさめた。  おだやかな午後の街並み。空の高みを過ぎた太陽は、今にも山々の端にくっつきそうだった。  これからもっと赤みを増して、溶けるように消えていく。その前に撮らなきゃ。空が青と黄色のグラデーションでいるうちに。  墓地の真ん中にぽつりと、大空を背景にして、友也がたたずんでいるのが見えた。
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