代書屋のアザミ

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 陽光を頼りに仕事を進めていると、静寂を裂くベルの音が鳴り響き、アザミの意識は引き戻された。手を止めて顔を上げるよりも、狭い店内を駆けてくる相手の方が早い。首元に腕を回され思わずうめき声が漏れた。 「アザミさん! 告白上手くいったわ!」  喜びに溢れた侵入者は興奮冷めやらぬ様子でぎゅうぎゅうと体を押し付ける。息苦しさにアザミが腕を外そうと格闘しているのにも気づかない。  ようやく開放された時には息絶え絶えになっていた。 「アザミさん、大丈夫?」  不思議そうな声を無視して、ふらつきながらも机上に視線を向けた。今まで書いていた書類にインクがはねて無いことを確認し息をつく。汚されては堪らないのでそのまま紙を引き出しにしまった。万年筆にキャップをしてペントレイに戻し、インク瓶に蓋をする。  そこまでしてようやく侵入者の少女に向き直った。 「もう、急に飛び掛かって来ないで。それに今、仕事をしていたのよ。インクが零れていたら大変なことになってたんだから」 「ごめんね? でもどうしても一番にアザミさんにに伝えたくって」  険しいアザミの表情に怯むことなく、少女は悪びれずにそう言った。しかたなく応接用の椅子を勧めると、移動する間も惜しいと興奮気味に話し出す。 「それより聞いてよ! 彼と付き合うことになったの! アザミさんが書いてくれたラブレターのおかげよ。あの手紙を読んで私の想いがよく分かったって言ってもらえたの!」  少女は、誰かに聞かせたかったのだろう。以前に聞いた馴れ初め話を嬉しそうに始めた。  アザミが一応お客だからと紅茶を入れ、差し出しても止まらず話し続ける。適当な相槌にも気付かない。ぼんやり紅茶を飲んでいると、明日はデートになったと言ってようやく口を閉じた。
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