苦い記憶

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 どこをどう帰って来たのか気づけば自室へ戻っていた。力なくベットに横たわる。どれだけの時間、そうしていたのか分からない。 「……手紙、書かなきゃ」    ようやく戻ってきた思考で事務的に呟いた。引き受けてしまった以上、書かないわけにはいかない。のろのろと体を起こし机に向かうと筆をとる。しかし紙に向かうも何も言葉が浮かばない。  それらしいことを書こうとするが手は止まり、にじむ文字に何度も書き直した。    ようやく形になったのは明け方のこと。  読み返して驚いた。注意して読まなければ分からない。でも文章の一部に、アザミと彼の二人しか知らない思い出を書き綴ってあったから。  もう一度書き直さなければと思うものの、それを行う気力はなかった。  いや、あえて直さなかったのかもしれない。手紙を読んだ彼が、本当の差出人に気づくことを期待して。  アザミから手紙を受け取った彼女は中身を確認し満足そうに笑った。手紙のできよりも、ひどい顔色のアザミを見てのことだと思ったが何も言わなかった。  彼らが付き合うことになったのを知ったのは更に翌朝。友人達に冷やかされて教室に入ってきた二人を見て。  アザミと目が合うと、彼女は探るように見てきたが特に反応しないでいるとつまらなそうに他の友人達との会話に戻っていった。  予習のために開いていた教本には皺が寄っている。涙をこらえるため、力を込めすぎた奥歯からは血の味がした。  それからしばらくして、女生徒の間で噂が流れた。アザミにラブレターの代筆を頼むと上手くいくというものだ。それを信じ頼みに来るものも何人かいた。彼女の嫌がらせだろうそれにも、やけになって受け、依頼に来る女生徒の代わりに手紙を書いた。  幾人かには付き合うことになった、と報告を受けることもあったがどうでもよかった。  その後、あの二人がどうなったのかアザミは知らない。学校を卒業してすぐに村を出たからだ。奨学金をもらい隣町の上級学校へ進学したアザミは、村にはそれ以来一度も帰ってはいない。
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