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これは、この物語が語られるより十五年も昔のはなしである。
紅に染まった桜並木の枯れ葉が怖いぐらいに降るその午後、六三郎は店を閉めて、品川の占い師に会いに行った。
月に一度、六三郎は必ず彼女の元を訪れることにしている。それも十五年前のこの頃には、通い始めたばかりである。
通い出すきっかけとなったのは、六三郎の父親が亡くなったからであった。
商売上手だった六三郎の父は、彼に莫大な遺産を残した。遺産を切り崩して、六三郎はテーラーをなんとか営んでいる。
品川の占い師は、六三郎の母である。父と母は六三郎が子供の頃に離婚していたので、遺産はすべて六三郎に引き継がれた。
品川の狭くて汚い雑居ビルの一角で、占い師をしていた母を不憫に思って、六三郎は毎月お金を少しでも入れようと決意したのだった。
「ひい、ふう、みい、よー、いつ、むー、なな、やー、こー、とう。はい、十万円、確かに頂きました」
母はしわがれた指で封筒に入ったお金を数えた。六三郎は対面で座って、なんともいえない心持ちでそれを見ている。
「六三郎。クロード・モネは元気にしてる?」
「あ。は、はい」
クロード・モネは母からもらった猫である。人間の姿に変身することができるの、とさらっと言われて、はなし半分で聞いていたのだが、本当にどんな人間にもなれるので、大変驚いたものだった。
「よく働くでしょう、あの子は」
「あ。は、はい」
よく働くかどうかは正直わからない。クロード・モネは、服飾の技術をまるで覚えようとしない。
都合が悪くなると、猫になって寝たままである。
それでも、クロード・モネが来てから六三郎の生活は変わった。生意気を言うので「癒される」という感じではないのだが、生活に張りが出たのは間違いない。
「六三郎。ちょっとあなた、占ってあげましょう」
「あ。は、はい」
六三郎はこのひとに対すると、どうも落ち着かなくなってしまう。幼い頃に離婚して出て行ったのもあるが、もっと切実な理由がある。
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