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恐ろしい勢いで瞬殺された哀れな食用合成魔獣は、ルピナスの提案で地上に持ち帰ってから捌くことになった。
オウガ族の中でもなお比類すべきものがないほどの巨漢であるガロールは、その彼をもさらに上回る巨大魔獣を持ち帰る任を率先して引き受け、引きずってではあるが大した休憩も挟むことなく地上まで辿り着いてしまった。
行きに使った野営地から少し離れたところで仰向けに転がされる合成魔獣。牛のようでもあり豚のようでもあり、乳房があるべき腹には代わりに鶏の足と思しきモノが何十と生えていて凄まじく不気味だ。生命の冒涜と表現しても過言ではあるまい。
「これは直視し続けたら精神があかんなるやつやな……ところで自分らケモノ捌けるんか? ちなみにアタシは無理やで」
そもそもこれを単純に獣と分類していいのかも疑問ではあるが、そのあたり野営を主としている面々は強かった。
「私は普通の野獣なら一通り捌けるよ」
「俺は概ねなんでもいけるぞ。生きとし生ける物の構造なんぞだいたい似たり寄ったりだ」
「ではふたりに任せておくか」
「せやな。まあ雑用くらいならやるからゆうたってなー」
アズミとラムザが雑用に回り、ガロールとルピナスを中心に解体が始められた。
ガロールは獲物の大きさをものともせず血を抜き腹を開き皮を剥いで見た目からは到底想像出来ない繊細な手際で肉を切り出していく。
「見かけによらんちゅーかめっちゃ器用やな」
「俺は丸焼きにして塩で食っても構わんが、誰もがそういうわけにはいかんからな。獣の解体も料理も野営技術のひとつ。つまり騎士の嗜みだ」
「ほーん……」
アズミが感心しているあいだにも切り離された肉がなんらかの基準に従って部位ごとに並んでいく。
「これはなにで分けとんのや?」
その問いには横で眺めていたラムザが答える。
「肉質だな。牛、豚、鶏、他の獣もあるだろう。どの部位も俺が見る限りではかなり上等だ」
「一匹から牛肉も豚肉も取れるんめっちゃシュールやな」
「合成魔獣だから混ざって一体化した肉質なのかと思ったけど、どうもそうじゃないみたいだねえ」
細かな作業をサポートしていたルピナスが言う。
「まあ腹に鶏の足がぶら下がっとるくらいやしなー」
解体前の光景を思い出したアズミの顔が少し青くなった辺りでガロールが顔を上げて一同を見回した。
「カレーにしようかと思うのだが、残った肉はどうする?」
「カレー粉あるんかい」
「カレーで煮れば大抵のものは誰にでも食えるからな」
「そらそうやけど。うーん、豚は塩漬けにでもするかー? 塩あればやけど」
アズミが首を傾げ、彼女とは別の意味でガロールも首を傾げた。
「なにを言っている? カレーには豚肉だろう。それ以外の部位の話だ」
場が静まり返った。
「いやカレーは牛肉やろ?」
アズミが引きつり気味の顔で異論を唱える。
「ふむ。どうしてもと言うなら牛肉のカレーでもかまわないが」
「いやいやそういう話やのうてな」
もどかしげに首を振った彼女の横でラムザが得意げな顔をした。
「俺の故郷ではカレーといえば鶏だったな。無論他の肉で作ったカレーも食ったことはあるが」
「なんやねんこれ」
誰も彼も「別に譲っても構わない」という顔をしているが、それとは別に釈然としていないのは明らかだ。
みな大人である。殴り合いになったりはしないだろうが、微妙な空気が流れ始める。
ここまで逆に不思議なほど円滑に機能していたパーティが、まさかカレーに入れる肉で軋もうとしていた。
「よし!」
空気を一新するようにルピナスがパンっと手を叩いて注目を集める。
「アンタたちの故郷の話はよくわかった。だがここは私の意見を採用してもらうよ」
唐突な一方的かつ大上段な発言に一同虚を突かれて惑いを見せるなか、ひとり彼女は続けた。
「アンタたち、どれも合成魔獣から取れた肉なんだから、いっそ全部入れてこそ合成魔獣カレーだとは思わないかい?」
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